ドイツの歴史の中では、「2023年4月15日」は脱原発時代の開幕の日として記されている。今月15日、その1周年目を迎えたが、脱原発を主導したショルツ政権のハベック経済相(副首相兼任)が原子力発電所(原発)の廃止を決定するために恣意的に情報操作していた疑いが浮上し、ハベック経済相自身は26日午前、連邦議会の「気候保護とエネルギー問題に関する特別委員会」の会合に呼ばれ、野党側の質疑に答えなければならなくなった。
疑いは深刻だ。原子力安全保障を担当するロベルト・ハベック連邦経済相とシュテフィ・レムケ連邦環境相は、2022年春に内部専門家の意見を無視し、国民を欺いたというのだ。「緑の党」出身の両相は、計画された原子力の段階的な廃止をどんな状況でも推進することだったというのだ。この非難は、月刊誌「Cicero」(ベルリン)が内部文書にアクセスして報じたものだ。
それに対し、ドイツ連邦経済省は、同報道内容を「事実に反する」と否定し、「過程の説明は短縮され、文脈がない」と述べた。しかし、野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)の要請により、ハベック経済相は26日、連邦議会の特別会合に呼び出されたわけだ。
社会民主党(SPD)、「緑の党」、「自由民主党」(FDP)の3党から成るショルツ連立政権は2021年12月、政権発足直後、「再生可能なエネルギーからより多くのエネルギーを生成する国になる」と表明し、その課題を「巨大な使命」と呼んできた。
そして昨年4月15日を期して脱原発時代は始まったが、「Cicero」誌の調査によると、2022年にロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機が迫っているにもかかわらず、「緑の党」主導の経済省と環境省は操業中の最後の3基の原子力発電所の運転延長を妨害したというのだ。省内のエネルギー専門家たちは当時、まだ操業中の3基の原発の操業延長を「検討すべきオプション」として助言していたというのだ。
ハベック経済相は「私にとって、供給保証は絶対的な優先事項であり、常に事実、データ、および法規に基づいて働いてきた」と強調し、イデオロギーに基づく政策ではないと説明した。なお、議論の余地のある文書(2023年3月3日付)、運転期間延長の検討を支持する文書については、ハベック氏は「25日に初めて目にした。それは私が直接指示したものではない。省内で異なる意見があるのは普通だ」と語った。
CDUやFDPの議員に中にはハベック氏の説明を納得できず、辞任を求める声や、議会の調査委員会の設立を求める声が出ている。もし経済省や環境省に国民を欺いた文書、証拠が見つかれば、ショルツ政権の脱原発路線の信頼性が大きく揺らぐことになる。
ドイツの脱原発路線は2000年代初頭の社会民主党(SPD)と「緑の党」の最初の連合政権下で始まり、CDU/CSU主導のメルケル政権に引き継がれていった。SPDと「緑の党」は原発操業の延長には強く反対する一方、産業界を支持基盤とする自由民主党(FDP)は3基の原発の23年以降の操業を主張し、3党の間で熾烈な議論が続けられてきた。最終的には、ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、2022年10月17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を今年4月15日まで操業延長することで合意した。具体的には、バイエルン州のイザール2、バーデン=ヴュルテムベルク州のネッカーヴェストハイム2、およびニーダーザクセン州のエムスランド原子力発電所だ。
ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、ロシア産の原油、天然ガスに大きく依存してきたドイツは環境にやさしい再生可能なエネルギー源の利用に本腰を入れてきた。ロシア産天然ガス・原油依存脱却を第1弾目とすれば、脱原発という第2弾目のエネルギー政策の大転換が実質的に始まったわけだ。
原子力エネルギーの将来の問題では欧州連合(EU)内でも意見が分かれている。経済大国ドイツは脱原発の道を歩みだしたが、フランスでは小型原発の開発などが活発化し、チェコ政府は原子力発電の拡大を加速するなど、原子力エネルギーのルネッサンスという声すら一部で聞かれる。EUの欧州委員会は2022年、「ガスおよび原発への投資を特定の条件下で気候に優しいものとして分類する」という通称「EUタクソノミー(グリーンな投資を促すEU独自の分類法規制)」を発表し、原発の利用の道を開いている。
ロシア産天然ガスの輸入に依存してきた欧州諸国、その中でも70%以上がロシア産エネルギーに依存してきたドイツの産業界は脱原発、再生可能なエネルギーへの転換を強いられるなど大きな試練に直面している。ショルツ政権が推進するグリーン政策に伴うコストアップと競争力の低下は無視できない。ドイツの国民経済はリセッションに陥っている。脱原発政策に対して、国民の過半数が不安を感じているという世論調査が出ている(「ドイツ国民の過半数『脱原発』に懸念」2023年4月14日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。