アメリカのブリンケン国務長官がウクライナ政府に対して、「より若い人々を戦闘に投入することが不可欠だ。現在、18~25歳の人々は戦闘に参加していない」と述べ、軍への動員年齢を引き下げて兵力を増強すべきだと述べた。
これに対して「ウクライナのリトビン大統領広報顧問は11月28日、『欧米諸国が供与を約束した武器の到着が遅れている中で動員年齢を引き下げても無意味だ。彼らに装備させる武器がない』とSNSに投稿し、動員年齢引き下げに否定的な考えを示した」と報道されている。
人口の大減少に見舞われ、戦後も人口回復は非常に困難だと思われるウクライナは、若年層の兵役化は、避けたい。しかしすでにアメリカの大統領選挙の最中、次期副大統領のJ・D・バンス氏が、この点を批判的に取り上げ、「ウクライナ軍は年寄り過ぎる」と述べ、ウクライナ政府は停戦を受け入れるべきだ、という主張の論拠にしていた。ちなみにバンス氏自らは、高卒で従軍して、イラクで勤務した経験がある。
ウクライナ苦戦の原因は、人か、武器か。
この口論の背景には、ロシアが支配地を広げ続けている戦況の責任を、誰が負うか、という責任転嫁の構図がある。
巨額の武器支援を提供しているアメリカは、人員不足が苦戦の原因だと主張する。ウクライナは、アメリカをはじめとする支援国の武器支援が不十分なので苦戦している、と主張している。
戦況分析の議論のように見えるが、それぞれが自己の立場を守り、相手に責任を転嫁しようとしている図式になっていることは一目瞭然である。トランプ氏の当選を受け、バイデン政権が、今までのウクライナ支援の責任の整理を始めている、という言い方もできるだろう。
ゼレンスキー大統領は、アメリカの大統領選挙の時期までは「勝利計画」を頻繁に参照し、支援国が「勝利計画」にそって行動してくれれば、ウクライナは勝利する、といった物語を吹聴していた。トランプ氏の当選が確定し、バイデン政権が、ロシア領内に向けた長距離砲の使用許可を出してから、ゼレンスキー大統領は「勝利計画」に言及しなくなってしまった。
ゼレンスキー大統領は、「勝利計画」で、長距離砲の使用許可こそが勝利のカギだ、と主張していた。ロシア領内を攻撃さえできれば、ウクライナは勝利する、ウクライナが勝利できないのは支援国が武器の使用制限をかけているからだ、と主張していた。
バイデン政権側は、長距離砲の使用強化はロシアを刺激するだけで、そもそもウクライナに有利な戦局をもたらす要素ではない、という立場をとっていた。トランプ氏の当選後は、ウクライナ政府の主張を受け入れる形で、長距離砲の使用制限を解除してみせた。
アメリカは長距離砲の制限撤廃は戦局を大きく変化させない、と考えてきた。もし変わったら、アメリカが間違っていたということ。ゼレンスキー大統領は長距離砲の制限撤廃が全てを変えてウクライナを勝利に導くと主張してきた。そうならなかったら、ゼレンスキ―大統領が間違っていたということ。 https://t.co/e5tiAI1oMp
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) November 19, 2024
結果は、長距離砲の使用制限の解除は、戦局に大きな影響を与えていない。そこでアメリカは、「武器ではなく人」が苦戦の原因だ(ウクライナが苦戦しているのは巨額支援を提供したバイデン政権の責任ではなくウクライナ政府の及び腰の動員政策のせいだ)といったことを言い始めたわけである。
これに対してウクライナ政府は「勝利計画」の見立てが崩れたわけだが、なお「支援国の支援が不十分で遅いのでウクライナは苦戦している」という主張を徹底している。苦戦の原因は、支援国にあり、ウクライナ政府に責任はない、という立場である。
おそらく今後、この言い争いの構図は、激化していくだろう。ゼレンスキー大統領は、自らの失敗を認めてしまったら政権維持が難しくなる厳しい状況に置かれている。「上手くいかないのは全てアメリカなどの支援国のせいである」の立場を貫くしかない。
クルスク侵攻作戦を見て歓喜して激賞した日本の専門家の方々も、やむをえずこのままゼレンスキー大統領の方を持ち続けるしかないだろう。「悪いのはアメリカ、ゼレンスキー大統領は失敗していない」という立場を貫き続け、過去の自らの言説を清算することもないだろう。
閉塞感の強い状況である。
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「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。