日本が失われた30年に至った原因は複合的要因とされます。特に指摘されるのが不良債権と金融機関の体力の限界、デフレマインド、少子化と雇用スタイルの変化などが上げられると思います。もちろん、日本的な特徴もあり、経済の原理原則に立ってみると日本と同様の問題が諸外国で起きるという説を唱える人は少ないかもしれません。
私はこの失われた30年は経済の前提のドラスティックな変化に企業も個人家計もついていけなかったという大局観を持っています。つまり、企業や個人はある一定の前提に基づき、日々の経済を営んでいるわけでそれが何らかの原因で歯車が狂えばその影響力は果てしなく大きくなります。
例えば2008年のリーマンショックの引き金はアメリカの住宅バブルであり、誰でも家が買える、ローンも簡単につき、住宅の値上がり分を追加担保と称し、それでクルマや家具を買うことが奨励されたのです。金融機関はこぞって貸し付けを推し進め、本来家が買えない人にもローンさせたのです。これが究極的にはサブプライムローンの問題だったわけですが、あれほど大きな経済破壊力があったのは住宅価格が右肩上がりに上昇するという過信が前提にあったのです。
同様の話は1929年の株式市場崩壊から始まる大不況も似ています。あの時は猫も杓子も株式市場に熱を上げたことで価格の本質を見誤ったのです。
コロナも同様に企業活動や人間の日々の行動制約という点で経済混乱を引き起こしたと言えます。つまりそれまでの線路が突然、切れていて走れなくなる状況に右往左往するという表現が一番端的な言い方であろうと思います。
ではアメリカが日本同様の失われた〇年を経験するほどの衝撃が起こりうるのでしょうか?
私が考える限りありうる、と見ています。

石破首相とトランプ大統領 首相官邸HPより
分野は2つあります。1つは政権運営のエラーによる人為的過失。もう1つは基軸通貨ドルのステータスを失った場合の影響であります。
政権のエラーについて私が最大の懸念を持っているのは外国人排斥の流れです。今まではアメリカに行くことは多くの人にとってあこがれであったわけです。かつてブロードウェイのミュージカル「コーラスライン」では田舎者でも成功をつかめるサクセスストーリーそのものでした。ですが、現代ではそのサクセスストーリーは諸外国に住む人々がアメリカに移住し、夢をかなえるストーリーに置き換えらえています。
先日ネパール人が日本で増えているという話をしましたが、一部のネパール人は日本経由でアメリカに行く手法を取っている人もいるのです。つまり「崇高の移住先」はアメリカであり、それは成功への切符であり、当然ながら頑張る人が多かったのです。
アメリカで教育の質が下がる可能性はあります。例えばカナダでは同様に外国人学生の受け入れを23年比で約半分にしたのですが、大学経営が厳しくなりました。そこでローカルの学生に門戸を開いたのです。端的に言えば一流大学に入りやすい=レベルが下がったということであります。
教育のレベルが下がるのは致命的である一方、遅効性があり、10年ぐらいたたないと気がつかないのです。アメリカ全体のレベルが下がれば国際競争力は落ちます。このリスクが高まっていると思います。
2つ目の基軸通貨については本ブログでは何度も話題を振ったと思いますので今日はあまり詳しくは述べませんが、基本的な思想として通貨が紙幣からデジタルに変換されることは構造的変化をもたらす公算があると思います。なぜならデジタル通貨ならば長期保有と短期決済目的で使い分けることができ、貿易決済ではデジタル通貨ないしステーブルコインに取って代わることに何の躊躇もないのです。なぜなら決済手段として一瞬だけ使う目的になるからです。これはUSドルが必ずしも必要にならないはずで基軸通貨というコンセプトそのものが無くなることもあり得ます。
とすればアメリカは財政赤字の歯止めが効かなくなり、極端なドル安を招く可能性が出てきてしまいます。つまり基軸通貨発行者としてのドル価値が剥離すればその価値が半分になっても驚かないわけです。
もちろん極端な話をしていますが、こういう問題は予想していないからこそ大問題になるという過去の経験は一応、頭に入れたほうが良いかもしれません。
最近日本ではホラーの本がブームなのですが、これも一種のホラーストーリーだと思っていただければ結構であります。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年10月10日の記事より転載させていただきました。






