「普通に働いても普通に暮らせない日本」は貧しいのか?

黒坂岳央です。

最近、SNSで「真面目に働いているのに生活には普通が手に入らない。これは国が悪い」といった主張をよく見る。そう言いたくなる気持ちは分かるが、結論を先に言うと多くの場合は勘違いである。勘違いとは何か?

自分が求める普通が普通でないこと
日本だけではないこと
そして異常だと思っているものが実は普通だということ

この3つだ。持論を述べたい。

Kayoko Hayashi/iStock

昔の「普通」はハードモード

「昔は普通に働けば普通に暮らせた」と言う人は多い。それは昭和のサラリーマン家庭を思い浮かべる人は多いだろう。父親が会社員として働き、母親は専業主婦。子どもを育て、郊外に一戸建てを買う。

確かにそうした家庭は存在した。だが実際にその当事者になってみれば「誰でも普通に」なんて到底思えない。

まず、当時は今にはない競争があった社会だった。学生は四当五落と言われるほどの受験戦争で競争し、大学を出れば今度は就職競争が待っている。会社に入った後も同期との出世競争があり、長時間労働や転勤を受け入れ、上司や組織に適応することを求められた。

会社によっては休日の付き合いや飲み会まで仕事の延長だった。当然、今のように気楽に拒否や転職など無理である。

自分のように就職氷河期を経験した世代にとっては、そもそも正社員になること自体が非常に高いハードルだった。今では人手不足に悩むような企業や自治体の採用試験にも、超高学歴卒の優秀な学生の応募が殺到した時代である。

仕事の環境も今とはまるで違う。検索もクラウドもスマートフォンも生成AIもない。今なら数分で済むような作業を、電話、FAX、紙、電卓、対面によって人間が処理していた。現在から見ると非効率極まりないが、当時の人にとってはそれが最新の社会だった。

過去を美化するとき、人は結果だけを見る。「家を買えた」「家族を養えた」という到達点は見るが、そこへ行くまでに要求された競争や拘束は忘れられやすい。

つまり昔は、社会全体が全員にかなり頑張ることを当たり前に要求し、その頑張りまで含めて「普通」と呼んでいたといえる。昭和生まれが見てきたあの「終末感」は今と変わらないレベルに酷かった。

完全自殺マニュアルが空前のヒットとなり、「終末感」で自殺する人も出てしまったことで有害図書指定されるなど、人々の心理状態はバブル崩壊直後ということもあって絶望感があったと覚えている。書店にもそうした「この世の終わり」みたいな本の帯が目立っていたことを当時、高校生だった自分はハッキリと覚えている。

海外の「普通」は大変

「日本人だけが貧しくなった」とSNSではよく見る。だが、これは完全に「隣の芝生は青く見える」現象としかいいようがない。

まず、日本人の目に入ってくる外国人は、そもそもその国の「普通の人」ではない完全なる上澄みだ。

日本へ旅行できる外国人やYouTuber。シリコンバレーのエンジニア、ニューヨークの金融マンや上海や深圳の成功者ばかりである。一方でアメリカの薬物問題に苦しむ層や中国の農村の人たちは一切見ないし、入ってこない。

確かに米国は日本より所得水準は高い。だがその一方で「普通の生活」に要求されるコストも遥かに大きい。医療保険、大学進学や住宅費、クレジットスコアなど日本にない変数に苦しめられる。

「アメリカ人は投資に旺盛」という話も余剰資金がみんなたんまり持っているからというより、そうしないと彼らの社会は強烈なインフレや高金利社会に耐えられないからだ。

さらに治安や薬物問題も日本とはスケールが違う。FBIによれば、2024年の米国では暴力犯罪が平均25.9秒に1件、殺人が31.1分に1件発生。薬物問題はさらに深刻だ。米疾病対策センター(CDC)によれば、2024年の薬物過剰摂取による死亡者は推計約8万人だった。本当にアメリカは日本より普通の人になるのがイージーならこうはなっていないという状況証拠である。

そして中国も同様だ。2026年8月には、学生を除く16~24歳の都市部失業率が18.9%に達し、25~29歳でも7.5%だった。数字は盛られていると主張する専門家もおり、実際は20%を超えているという説もある。いずれにしてもこれは地獄のような状況だ。

中国の若者にとっては「普通に大学を出て、普通に就職して、普通の生活を手に入れる」ことがかなりのハードモードである。勉強時間、労働時間は日本とは比べものにならず、9・9・6(9時-21時を週6)という標語があるほどだ。

筆者の住んでいるエリアは中国人富裕層がかなり多く、子供のクラスメートにも外国人の子がいる。親は「日本に来れば少しの努力で簡単に幸せをつかめる豊かな社会だ」という。そしてその親のいう「少しの努力」は日本人の想像する努力とはすでにケタ違いで彼らは努力の基準値がバグっている。

海外についても、われわれは「上澄み」を「普通」と勘違いしやすい。日本人も上澄みは非常に豊かで経済的余裕がある。外国人も日本に移住を希望する人が多くいて、結局どの国も自国を地獄だと思っている点で共通している。

現代は楽になった時代

筆者は氷河期世代で欲を出して遅れて大学に行ったから、リーマンショックまで食らってしまった。2つの不況地獄を経験して感じることは「見方を変えれば現代は昔より遥かに楽」ということである。

まず、デフレかつ不況となれば就職出来ない。これは地獄そのものだ。特に20代で就職できねば、食いつなぐために非正規雇用になる。それが固定化されれば景気が回復してもずっと最低時給で働く世界が続く。

だが今はどうだろう。会社や職種を選ばなければ正社員なんて楽勝だ。起業のハードルも低く、投資もボタン1つで1000円あれば出来る。昔は副業なんて絶対ご法度で、正社員になれば「終電が定時」という世界線で会社に滅私奉公以外の選択肢はない。喫煙天国、パワハラやセクハラも今の比ではないだろう。

おそらく平成初期の人間が現代を見たら驚いて「イージーモードだ」というはずだ。少なくとも今の自分が20代なら絶対に平成より今を選ぶのは間違いない。確かに今もインフレや円安は苦しくないといえば嘘になるが、現在は打ち手がいくらでもある。だが平成は「苦労して得た正社員職で死ぬほど働くか?一生バイトか?」みたいな究極の選択に近かった。

◇

今の時代が苦しいと感じるのは正直、比較社会の影響がかなり大きいと思っている。生活が苦しいという割には月収分くらいのiPhoneを学生が持っていたりする。労働時間は減ったのに余暇時間はSNSやショート動画で溶かす。みんな似たようなことをするので、「このくらい普通」という感覚になるのだろう。だがそのライフスタイルがすでにある種の豊かさなのだ。

一昔前の人が現代人の生活を見たら羨ましいと思える点はある。現代は努力が不要になったのではなく、努力の方向を社会が決めてくれなくなったのだ。

 

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「Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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