読んでいてうんざりするAI絡みの記事の「バスに乗り遅れるな」

新たに農水大臣になった簗氏が需要に応じた生産に舵を切ると宣言しています。これ、できれば天才です。一見簡単なのです。日本人の一人当たりのコメの消費量は年によって前後しますが、50-52㌔/年程度。胃袋の数は人口以上には増えないからある程度単純計算です。ところが生産量は必ずしも思惑通りにならず、余れば古米となり市場に出回り、供給量が計算通りにならず、価格のかく乱要因になります。コメ問屋の思惑も大いにあります。基本的に農水省の考え方は日本だけで需給を満たす前提条件が強すぎると思います。とても内向き志向というか江戸時代から何の進展もありません。日本のコメは品質云々いう前に種類が違うのです。これだけ水分含有量があるコメは世界でもあまりありません。これを好む市場を探し出す努力が欲しいところです。

では今週のつぶやきをお送りします。

ベッセント氏の悩み

お読みの方は米中首脳会談の話題を振ると期待されていたかもしれません。どうも発表されてる内容を含めてしっくり来ていないので、ネタにするにはやや抵抗がありました。そこでやはりもう少し気になる方を書いてみたいと思います。ベッセント氏の悩みです。なんで国債の利回りがこんなにも上がるのだ、なんで円も想定以上に安くなるのだ、と。これを解決する方法が一つ、目の前に転がっています。「中国にアメリカの国債を買ってもらおう!」であります。彼らは売って売ってうりまくり、保有残高はピーク時から半分程度に減らしています。なぜ国債の価値が下がるのか、いろいろありますが、私から見ると戦費支出に対するアメリカ財政の悪化が大きいと思います。国防支出に対してその見返りは何だったのでしょうか?

アメリカの物価が上がっているのを経済が好調だからとは私は思っていません。一種のスタグフレーションで原油と関税によりアメリカ国民は人為的に高いものを買わされているのです。更にそのインフレを抑えるために金利を引き上げ続けるだろうと見込まれているので消費者や企業にしてみれば「もう止めてくれ!」と言いたいところでしょう。

アメリカ人の車の買い替え年数が伸び続け平均は13年程度。走行距離も20万キロは当たり前。クルマの価格がなぜこれほど高くなったのか、と言えば労働者コストが大きいでしょう。仮に中国のクルマがアメリカで生産されるとすれば全面的なロボット化で対応するでしょうから価格優位性は当然あるはずです。AIにしてもKimiの実力はアンソロピックやオープンAIと比べ、見方次第ではそん色ないレベルと評される中、コストは7割安ともされます。実用面でもアメリカ企業や日本企業が安い中国AIを使うところが出てきているようです。

ベッセント氏には「市場の魔術師」のような期待感があったのでしょう。私は微塵も思わなかったですが。というより抱えている問題が大きすぎる中、ベッセント氏にその手腕や能力を求めすぎているきらいがあります。できないものは出来ないのです。にもかかわらず、無策と言われたくないので何かやろうとしてもそれが表層的な対応なので市場はすぐに見透かしてしまいます。これが残念ながら現状です。アメリカには「トランプコスト」としてぐっと飲み込んでもらうしかありません。

AIにどこまで頼るべきか?

先週号の日経ビジネスは記事の半分ぐらいがAI絡み。読んでいてうんざりします。一種の洗脳ではないかとすら感じます。我々はまだAIが人間に及ぼす影響を測り切れていません。多分、5年から10年程度の時間をかけて各方面のデータを元にその影響度を測り、その上でアカデミアの世界から様々な意見が出てくるものです。ところが現在は黎明期ですのでとにかく普及させるためのお祭り状態で「バスに乗り遅れるな」という雰囲気がありありと見えます。果たして本当に人間社会と共生できるのでしょうか?

PonyWang/iStock

自動運転の自動車。当然AIも絡んでいます。カメラで視界を読み、それをAIが判断するのです。北米のように車の通る道と人間の歩く道がきれいに分かれていれば問題ないでしょう。日本で思うのでは路地の狭い道。そこで工事でもしていれば車一台がギリギリ通行できる幅。更に交通を誘導しているのか立っているだけかわかりにくい警備員、自転車に歩行者がひっきりなしに通る状況で自動運転はどう判断するのでしょうか?不明瞭な指示を出す交通誘導員に従えるのか、向こうから人がやってきた場合、自動運転車はひたすら止まってしまうのでしょうか?

自動運転のウェイモ。判断が緩慢な時があり、遅いことがあるようです。「Go Waymo!」と叫ぶアメリカ人ドライバーも結構いるようです。例えば信号のない横断歩道。人間が運転していても止まるべきか、行くべきか悩む時ってありますよね。一人の歩行者が行けと合図し、もう一人の人が渡ろうとすることは往々にあります。あるいは私などは運転手に目線で合図します。「先に行って」と。これ、AIは判断できるのでしょうか?北米で出来てもアジアではできないこともあります。ベトナムで人とバイクの間を自動運転車が走るところは私はまだ想像できないです。

AIは使いようだと思います。一方で私は自分で身に着けた能力を劣化させたくないという気持ちがあります。例えば皆さん、四則演算、手で計算できますか?特に割り算。もう何十年もやっていないという方もいると思います。電卓のおかげです。計算方法はもはや知る必要がないのだと。だけどそのおかげで欧米の人は様々な暗算が出来なくなり、私がぱっとこんな数字かなというと「おー!」と驚きます。人間が人間である価値は維持したいですよね。今のままで行けば国民がみな若年性認知症に似た症状になってしまいやしないかと気が気でありません。

後記
都内某所でおふたりの在カナダ日本国大使経験者らと会食、様々な話で盛り上がりあっという間に1時間半が過ぎていました。思ったのはお二方ともとにかく本業から一歩踏み込んだ派生的知識を実に豊富にお持ちでまるで話題の玉手箱の様でありました。洞察力も鋭く勉強になります。また会話の中でぱっと数字が出てくるあたり、論理的で説得力もありました。こういう刺激は自分から探し求めないとまず機会が生まれません。「お前も好きだなぁ」と言われるかもしれませんが、書物でもなく、AIでもないリアルの話を軽く飲みながら語り合う時こそ新たな発見と展開が生まれるのでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年9月26日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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