「寛大な提案」を断ったロシア:元米国務省高官アントン氏が語る和平交渉の内幕

ハーバード大の討論会で語られたこと

ハーバード大学ケネディ政治研究所のフォーラムで、米国の外交政策をめぐる討論会が開かれた。登壇したのは、バイデン前政権で国家安全保障担当補佐官を務めたジェイク・サリバン氏と、トランプ政権で国務省政策企画局長を務め、2025年9月に退任したマイケル・アントン氏だ。司会はPBSのアムナ・ナワズ氏が務めた。

ウクライナ戦争をめぐり、2人の見方は大きく分かれた。サリバン氏は、トランプ政権がロシアへの圧力を緩め、ウクライナへの圧力を強めていると批判した。これに対しアントン氏は、自らが関わった2025年の和平交渉の経験を踏まえ、反論を展開した。

アントン氏の主張:「ロシアは、戦闘を止められる好条件を断った」

アントン氏は、2025年のロシアとの交渉に「小さな役割」で関わったと説明した。交渉はスティーブ・ウィトコフ特使が主導し、大統領と国務長官のもとで進められたという。

同氏によれば、米国が提示する用意のあった条件は、国内外で支払う覚悟のあった政治的代償も含めて、ロシアにとって「非常に良い取引」だった。サリバン氏なら「ロシアには過分な内容だ」と言うだろうと認めつつ、それでも「戦闘は止まったはずだ」と述べている。

さらに、トランプ氏はプーチン氏に「抜け道」を示していたと語った。署名していれば、トランプ氏自身も国内外で激しい批判を浴びただろう。それでもロシアは、米国が示せるほぼどんな条件にも応じなかった。ロシア側が持ち出した条件は「荒唐無稽」だったという。

プーチン大統領(クレムリンHP)とトランプ大統領(ホワイトハウスHP)

アントン氏は、ロシアが戦争で払った代償の大きさにも触れた。人口が減少傾向にある国で死傷者が膨大になっており、「今後50年」にわたって国力を損ねかねない。経済的打撃と外交的孤立も加わる。その見返りは、4年半で2つの州と、別の州の約半分、さらに別の州の約3分の1にとどまる、というのが同氏の見立てだ。

数字で見る「ロシアの代償」

アントン氏の指摘は印象論にとどまらない。米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)が2026年7月に公表した分析は、ロシアの損害が極めて大きいことを示している。

CSISの推計では、2022年2月の全面侵攻から2026年6月までに、ロシア軍の死傷者・行方不明者は約140万人、戦死者は最大45万人に上る。この戦死者数は、第二次大戦後に米国が戦ったすべての戦争の戦死者の合計の4倍超であり、ソ連・ロシアがこの間に戦ったすべての戦争の合計と比べても9倍超だという。

2026年には、月間の死傷者が3万人を超え、新規募兵の月約2万7,000人を上回った可能性がある。ロシアとウクライナの死傷者比も、戦争の大半を通じた2対1〜3対1から、2026年前半には約8対1に拡大したとみられる。

前線の動きも鈍い。主要な攻勢地域での前進速度は1日あたり50〜90メートルほどで、第一次大戦のソンムの戦いと同程度だ。さらに、2026年4〜5月にはロシアの支配地域が差し引きで約400平方キロ縮小し、2024年8月以来初めての月間純減となった。ロシアは現在、ウクライナの約2割にあたる約11万8,000平方キロを支配しているが、そのうち2022年以降に奪った分は約7万5,000平方キロ、国土の約12%である。

この数字は、アントン氏の「ロシアは大きな代償を払い、得たものは乏しい」という認識を裏づけている。

反論:「だから圧力を強めるべきだ」

ただし、同じ事実から導かれる結論は一つではない。

サリバン氏は、2025年の交渉を「現実の実験」と位置づけた。トランプ氏は、戦争を終わらせる障害はウクライナだと考えていたが、実際の障害はロシアだったことが示された。米国との関係や欧州・NATOとの関係に関する条件まで提示されながら、プーチン氏は拒否した。したがって、和平には圧力の緩和ではなく、強化が必要だという。サリバン氏はまた、プーチン氏の狙いは領土だけでなく、将来再び侵攻できるよう、ウクライナを無力化することにあると指摘した。

CSISの分析も、結論はサリバン氏に近い。ロシアの経済は疲弊しているとして、ウクライナへの軍事支援の拡大や、ロシアの「影の船団」に対する制裁強化を提言している。

一方、アントン氏は、支援を続ければ戦争は長引き、米国の備蓄も減ると主張する。大統領に上がってくる問題は、定義上「五分五分の判断」であり、簡単な答えはないとも述べた。そのうえで、ウクライナが米国の国益のどこに位置づくのかを問い直し、優先順位はサリバン氏より低いと明言した。

読み解くうえでの留意点

ロシアの損害が大きいという事実は、アントン氏とサリバン氏の双方が共有している。分かれているのは、その事実から何を導くかだ。「だから譲歩を引き出すチャンスだ」と見るのか、「だから圧力を強めれば屈服させられる」と見るのか。両者の溝はここにある。

戦争が5年目に入るなか、ロシアの損耗は誰の目にも明らかになりつつある。この局面で、米国がどのような手を打つのか。その選択が、ウクライナだけでなく、欧州と世界の安全保障を左右することになる。

 

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