2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権は、デフレと経済停滞からの脱却を掲げ、「アベノミクス」と呼ばれる経済政策を打ち出した。
その柱は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の「3本の矢」だ。なかでも中心となったのが、2013年4月に黒田東彦総裁のもとで日本銀行が始めた「異次元の金融緩和」だった。
黒田総裁は2%の物価上昇率を「2年程度」で達成すると宣言した。しかし実験は11年に及び、2024年3月のマイナス金利解除でようやく幕を閉じた。その間、株高や雇用改善が進んだ一方、日本経済はかつての成長を取り戻せていない。
この壮大な経済実験を検証したのが、元朝日新聞編集委員の原真人氏による新著『異次元緩和 経済敗戦と背徳者たち』(講談社)である。原氏は15年にわたる取材をもとに、異次元緩和が誕生した経緯と、その負の遺産を描いている。
アベノミクスを生み出した「異端者たち」
本書の興味深いところのひとつは、誰が、どのようにしてアベノミクスを実現させたのかを描いている点だ。
登場するのは、自民党議員の山本幸三氏、経済学者の岩田規久男氏や浜田宏一氏、財務官僚の本田悦朗氏らである。
当時、積極的な金融緩和によるデフレ脱却を主張する「リフレ派」は、政策決定の主流から距離を置かれていた。彼らは自分たちの理論を実現するため、政治的な影響力を持つ「神輿」を探していた。
そこで白羽の矢が立ったのが、首相への再登板を目指していた安倍晋三氏だった。こうして政界や経済学界の傍流にいた人々が政治権力と結びつき、日本の金融政策を大きく転換させていったのである。
放漫財政を支えた異次元緩和
黒田日銀が10年間で買い上げた国債は延べ963兆円にのぼる。2013年3月末に約125兆円だった国債保有残高は、2023年3月末には約582兆円まで膨らみ、国債・財投債の保有比率は53%を超えた。
大量の国債購入によって長期金利はゼロ近くまで低下した。政府は1000兆円を超える借金を抱えながら、利払い費の増加を抑えられた。
原氏は、日銀による国債の買い支えが財政規律を弱め、政府の放漫財政を可能にしたと批判する。
しかし、その「夢の時代」は終わった。2022年以降の世界的なインフレと円安を受けて日銀は金融正常化に転じ、2026年9月には長期金利が3%を超えた。今後、国債の借り換えが進むにつれて、政府の利払い費が増加することが懸念されている。
異次元緩和が残した負の遺産
本書は金融政策だけでなく、消費増税を巡る安倍政権と財務省の対立も描いている。
2016年の伊勢志摩サミットで安倍首相は、世界経済がリーマン・ショックに匹敵するリスクに直面していると説明した。原氏は、これを消費増税延期を正当化するための政治的な演出だったと批判する。
さらに、安倍政権下で財務省や日銀、野党、メディアなどの牽制機能が弱体化したと指摘する。
本書は単なる金融政策の解説書ではない。経済理論が政治権力と結びつき、国家の政策を動かしていく過程を追った政治経済ノンフィクションでもある。
アベノミクスは成功だったのか、それとも将来世代に巨額の負担を残した失敗だったのか。積極財政を掲げる高市政権のもとで、その問いは再び重要性を増している。
日本経済の現在地と今後のリスクを考えるうえで、是非とも読んでおきたい一冊である。
【目次】
はじめに
第1章 史上最大の経済実験
第2章 リフレ派 傍流の逆襲
第3章 〈進駐軍最高司令官〉黒田東彦
第4章 在任最長総裁 長い、長い消化試合
第5章 日銀官僚と逃げ水の物価目標2%
第6章 総理 vs. 財務省
第7章 岸田文雄 負の遺産を相続した男
第8章 植田和男 貧乏くじを引いた経済学者
第9章 国民が愛した安倍晋三
第10章 共同正犯 経済学者・メディア・国民
第11章 100年経っても出られない
おわりに








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