光と無線の費用対効果 - 池田信夫

池田 信夫

今週の金曜に緊急討論をやることになったので、その素材となるデータを提供しておく。ソフトバンクの「光100%」構想の一つの根拠は「光ファイバーより速い通信インフラはない」ということだが、これは全世帯にFTTHを強制する理由にはならない。


たとえば電線でいえば、電気抵抗のもっとも少ないのは超伝導物質であり、半導体としてはシリコンよりガリウム砒素のほうがすぐれた特性をもっているが、こうした物質が広く使われることはない。それは通常の用途では費用対効果が銅やシリコンよりはるかに悪いからだ。したがって問題は「光ファイバーが無線より速いか」ではなく「どちらのビットレート/円が高いか」ということである。

光が無線より速いことは疑いない。無線の信号が他の信号と干渉するのに対して、光ファイバーを通る信号は干渉がまったくないので、多重化装置の性能が上がればギガビット、テラビットの伝送が可能だ。しかしFTTHの工事費は距離に比例し、情報通信政策研究所によれば、次の表のように「山間部郊外」のコストは世帯あたり58万円以上で、「都心部」の7倍を超える。

地域 都心部 市街地 郊外 山間部市街地

山間部郊外
整備費用(万円/世帯)   8.4  21.6  50.1    25.9    58.3


他方、LTEの場合にはダウンリンクで最大100Mbpsだが、実効速度は帯域やユーザー数によって違い、おおむね1bps/Hzだといわれる。つまり20MHzの帯域があれば20Mbps出るということだ。この帯域はもっと広げることもでき、技術的には30MHz程度でも通信できる。UHF帯で300MHz開放すればスループットは飛躍的に上がるので、FTTH並みの速度も可能であり、今後の無線技術の進歩で速度はもっと上がる。

LTEの無線局は1台100万円ぐらいでPC程度の大きさだから、コストのほとんどは不動産と鉄塔である。たとえば山間部の50人の村に1局設置すると、地価も安いので工事費は300万円程度で、世帯あたり6万円。料金を月1400円としても3.5年ぐらいで償却できる。他方、この村に50本の光ファイバーを引くと2900万円以上かかり、月1400円だと償却に35年かかる。

「それはバラバラに引くから工事費がかかるので、強制的にまとめて引けば安く上がる」というソフトバンクの主張は無理がある。電力系業者もいうように、5年間で残る3600万世帯を整備するには膨大な工事技術者が必要で、すぐ養成できるものではなく、整備終了後には失業問題になりかねない。まとめて工事しても個別にやっても、人件費総額はあまり変わらない。

「光は必ず無線より速いから100%光にすべきだ」というのは「銅より超伝導のほうが電気抵抗が小さいから電線はすべて超伝導物質でつくるべきだ」というのと同じで、市場経済では通用しない論理である。問題は物理的速度ではなく、ビットレート単価だから、全国民にFTTHを強制するなら、その費用対効果が他のすべてのインフラより今後30年にわたって高いことをソフトバンクは証明する必要がある。

コメント

  1. 松本徹三 より:

    金曜日の池田先生との討論会が楽しみです。

    我々が言っているのは「現在それを必要としていない人に光回線をもつこと強制する」ことではありません。今敷かれているメタル回線を光に張り替えることです。それとも池田先生は、メタル回線は永久にメタル回線のままでよいといわれるのでしょうか?

    つまり、今家の前まで小さな道が来ているとすれば、それを自動車の走れる広い道に今変えておきましょうということです。自動車を使いたいなあと思ったときに道を作るのでは間に合わないからです。また、広い道と狭い道がまだら模様になっているのは何とも不効率だからです。

    一方、日本の過疎地帯は山間が多いので、セルは小さくなり、その基地局まではいずれにせよ有線で繋がなければなりません。(最悪時は衛星という手がありますが、これは最後の手段です。)現状では、その基地局にすら光回線は来ていないのです。基地局間を光で繋いでおけば、周波数の有効活用が出来る技術があるのですが、それすらままならないのが現実です。要するにNTTの経営判断に任せておくわけには行かないのです。