ライアンケア(オバマケア代替法案)の採決が見送りになった理由
オバマケアの代替法案であるライアンケア(オバマケア・ライト)が民主党からの頑強な抵抗と共和党内の保守派の一部からの抵抗で可決の見通しが立たないために採決見送りになりました。
今回のポイントは、トランプ政権を支える保守派が反旗を翻すとトランプ政権は法案を通すことができないということが如実になった ということです。
筆者は1月政権発足時に「 トランプを黙らせる方法」という記事を執筆しました。内容としては政権基盤がぜい弱なトランプ政権は自らを支える保守派を他者におさえられると身動きが取れなくなるというものです。
トランプは自らを支える保守派を軽視して主流派に阿ったオバマケア改革案を認めたことで、保守派の一部から手痛くお灸を据えられた形になりました。
トランプ政権はコーク兄弟に一瞬の隙を突かれて保守派の一部を切り崩された
左傾化が進んでいる民主党がオバマケアを見直す同法案に賛成しないことは当然ですが、今回はトランプ政権を支えているはずの保守派の一部が強硬に反対を主張したことは注目に値します。
特に反対の急先鋒に立った人々はFreedom Caucusというリバタリアン色の強い保守系の議員連盟に所属している連邦議員です。彼らはライアンケアはオバマケアを廃止するとしていた政権公約に反する中途半端な粗悪品に過ぎないものとして批判を展開しました。
この背景には選挙期間中からトランプと激しく対立してきた大富豪のコーク兄弟との確執があります。
コーク兄弟はリバタリアン系(一応保守派の一部とみなされる)を中心に共和党連邦議員らに巨額の資金援助を実施しており、今回はライアンケア廃案と資金提供をバーターにする取引を連邦議員に持ちかけました。 the Club for Growth、the Heritage Foundation’s political arm、Americans for Prosperity、Freedom Partnersなどのコーク兄弟と関係が深い団体もライアンケアに一斉に反旗を翻しました。
トランプと下院共和党指導部が法案通過を意図して共和党内主流派と妥協を行ったことで、コーク兄弟に保守派内に生まれた亀裂を突かれてお膝元の保守派を切り崩された形となります。
しかも、法案への反対理屈は「ライアンケアは手ぬるく公約違反である(オバマケアと変わらない)」というものでした。つまり、トランプ・コークの両者の確執という政局的な要素を表に出さず、コーク兄弟はトランプ政権の最優先政策を頓挫させる大義名分まで得て政局を制するという大勝利となりました。(もちろん、トランプにとっては完敗となりました。)
連邦議会の掌握に失敗したホワイトハウス・共和党下院指導部
ライアンケアはポール・ライアン下院議長が主導した紛い物であると反旗を翻した保守派からは非難されています。そのため、ポール・ライアン議長にしてみれば連邦下院という自らの庭でコーク兄弟に赤っ恥をかかされたことになりました。見送り直後はトランプはライアン下院議長を守る発言をしましたが、今度の立場は極めて危うい状況です。
ホワイトハウスでもポール・ライアン議長と懇意にしていたラインス・プリーバス首席補佐官、コーク財団系の運動団体であるFreedom Partnersの元代表のマーク・シュートを議会対策の文脈で顧問に据えているペンス副大統領などは、連邦議会との調整力という意味では疑問符がついたことになります。
連邦上院では民主党によるフィリバスターや反トランプの議員らの抵抗が想定されるため、元々ライアンケアがそのまま成立する可能性が薄かったわけですが、トランプ政権と近い関係にあるはずの連邦下院、しかも保守派からの造反が出たことは、トランプ政権が議会対策を根本的に見直す必要があることを示唆しています。
また、スティーブ・バノン首席戦略官の態度に下院議員が激怒したことが連邦議員の反対原因であるという報道がありました。実際に同様のことがあった可能性もありますが、共和党の連邦議員は子どもではないため、基本的には政局の構図で動きます。バノンとコーク兄弟は鋭く対立していることもあり、これを機にバノンを追い落としたい人々による世論誘導の一環として捉えるべきでしょう。
トランプ政権が取り得る選択肢にはどのようなものがあるのか
トランプ政権が取り得る選択肢としては、最も手堅いものはコツコツと難易度の低い法案を通して、議会運営の実績を積んで成果が出ているように見せていくことでしょう。
ただし、次の山場はトランプ政権が想定している下院の税制改革案ということになります。こちらは国境税調整を含む野心的な税制改革案であり、主流派との妥協が必要な点、保守派の団結に綻びがある点、コーク兄弟が反対している点、など、ライアンケアとほぼ同じ構図となっています。ライアンケアの攻防を通じてコーク兄弟がその実力を如何なく見せつけたため、一筋縄では税制改革案が通らない可能性が示唆されることになりました。
トランプ政権とポール・ライアン下院議長は保守派をまとめ上げて国境税調整を含む税制改革をごり押しすることができるのか、それとも民主党や主流派との妥協を通じた超党派的な対応に更にシフトしていくのか、その際コーク兄弟の影響力をどのように排除または利用するのか、ということが問われることになります。
また、仮に今回同様の失敗の可能性を想定した場合、保守派と歩調を合わせて強弁して来年の中間選挙で民主党・主流派との全面対決姿勢を取るのか、保守派と距離を取ってインフラ投資などをバーターとして民主党・主流派との関係を仕切り直しするのか、それとも何もしないで無策でいくのか、次の一手が非常に興味深いことになりました。
今回のライアンケアの一件は、トランプ政権内における保守派の重要性を再認識させる出来事であるとともに、ホワイトハウス内での勢力争いの力関係の変更にも繋がることから、トランプ政権の動向からますます目が離せない状況となってきました。
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