細川護煕氏のスケープゴート

池田 信夫

細川元首相の出馬会見は、合理的に理解しようとすると頭が混乱する。彼の主張は「脱原発」ではなく、すべての原発を再稼動しないで廃炉にすることだ。その目的が不合理な上に、それを実現するために都知事選に出馬するという手段が不合理だから、常識で理解することは不可能だ。


昨夜の言論アリーナでも議論したのだが、「発送電分離」を急ぐ国のエネルギー政策も不合理な点では同じだ。いまエネルギー政策で緊急に必要なのは、原発を運転して燃料費の浪費を止めることだが、経産省は電力会社を標的にして自分を「善玉」の側に置こうとしている。これは東電を盾にして「支援機構」をつくったときから一貫する霞ヶ関の戦術だ。

これらを合理的に理解しようとすると、共通点は原発=電力会社というスケープゴートを仕立てて「正義」を演じようという欲望だろう。これは心理的メカニズムとしてはよくわかっていて、人種差別や反ユダヤ主義などのスケープゴーティングは、集団内の紛争を解決する手段である。この感情は、共通の敵に対して団結する集団淘汰によって(少なくとも部分的には)遺伝的にそなわったものと思われる。

エネルギー問題に関心も知識もない一般大衆を論理で説得することは困難だが、こういう勧善懲悪の感情は誰もがもっているので、それを刺激するのが効果的だ。これはヒトラーから大江健三郎氏に至るまで、ありふれた政治的レトリックである。ヒトラーはユダヤ人をスケープゴートにしたが、反原発運動はそれを「原子力村」や「御用学者」に入れ替えただけだ。

これはカルトによくある手法で、結論は最初から決まっているので、論理は必要ない。スケープゴートは再帰的な記号なので誰でもよいが、それに使いやすい特性がある。

  1. 外見で他から区別できる

  2. 誰の目にも悪そうに見える
  3. 攻撃されても抵抗できない
  4. 遺伝的・民族的な特性をもつ
  5. 金持ちで恵まれている

これがすべて備わっているとは限らず、ユダヤ人や在日は1を必ずしも満たさないし、黒人は多くの場合、5を満たさない。東電の場合は、不幸なことに4を除いてすべて満たしている。これはユダヤ人や華僑に対する差別とほとんど同じ心理的メカニズムで、ここには「あいつが金持ちなのは悪いことをしてもうけたからだ」という嫉妬がからむので、黒人や在日より激しく執拗に攻撃が行なわれる。

泡沫候補の細川氏がこれほど注目されるのは、小泉元首相のダミーとみられているからだろう。小泉氏の「最終処理場が見つからないから原発ゼロ」などという話はすべて単純な錯覚で、論理的には成り立たない。今回の「東京が原発なしでやるという姿を見せれば、必ず日本を変えることができる」という彼の話は、もはや論理ではない。

こんな無意味な論議をしている間に、貿易赤字は史上最大になった。その3割以上は原発を止めたことが原因だ。そして株価は、年明けから下がり始めた。ここで暴落でもすれば、愚かな政治家も目が覚めるのだろうか。