シェアリング経済に逆行する「民泊新法」

内藤 忍

住宅宿泊事業法(民泊法)が参院本会議で成立し、合法的な民泊がこれから広がっていくことが期待されると報じられています。日本経済新聞の記事の見出しは「シェア経済、ようやく前進」です。

日本国内では、宿泊施設は旅館業法で定められる4種の旅館業(ホテル営業、旅館営業、簡易宿所営業、下宿営業)に限定され、ワンルームなどをホテルのように日割で貸し出す、いわゆるAirBnB(エア・ビー・アンド・ビー)に掲載されているような営業形態は違法とされています。

今回の民泊法は、非合法の民泊に対しても法的な根拠を与え、これから広がることが予想されるインバウンド需要を取り込むことが目的とされています。しかし、私には規制緩和ではなくホテル・旅館業界の既得権益を守るための後ろ向きのものに見えます。

民泊を営む家主が都道府県や政令市などへの届け出を行い、近隣の苦情にも対応し、民泊物件と分かる標識の掲示などが義務付けられるそうです。住宅地などで住人とのトラブルが増えている状況を考慮すれば、きちんとした管理を行うことは確かに必要だと言えます。

問題は、年間の営業日数の上限です。180泊が上限で、都道府県などが条例で区域を定めて営業日数をさらに減らすことができるとしています。

残念ながら、これでは高品質の民泊は広がりません。

もともと空き家で使っていない家や、余っている部屋をお小遣い稼ぎのように民泊に転用するというのであれば、180泊の上限でも問題ないでしょう。上限を付けなくてもそのような「素人」が運営する緩い物件には宿泊者のニーズがあまりなく、稼働率は上がらないと思うからです。

民泊で人気が出るような物件は、観光に便利な立地で、個性的な内装や間取りで、魅力的なホストがいて、掃除の行き届いた清潔感のある部屋なのに、リーズナブルに宿泊できる施設です。「専門の業者」に清掃や備品の整備を委託して、宿泊の稼働率を高めることによって収益を上げていく。そんな物件はAirBnBのようなサイトでも大人気で、数か月先まで予約が入っていることも珍しくありません。

後者のような「高品質・低価格」の物件はホテル・旅館にとっては強力なライバルです。彼らが合法的に本格稼働始めると収益を圧迫する死活問題になりかねません。

180日の上限が定められたことで、年間でマックス50%までしか稼働率が上がらないことになりますから、簡易宿所などにできない人気施設は、年間営業を維持するため非合法化していく危険性が高いと想像します。

今回の法律はシェアリング経済を広げる効果よりも規制強化でシュリンクされる可能性が高く、業界の健全化という目的からは、デメリットの方が大きいと思います。

東京オリンピックが近づくにつれ、インバウンド観光客が増え、宿泊施設が足りなくなる。その時の調整弁としての機能を民泊が果たせる体制を作らなければ、大変な混乱が起こることになるでしょう。

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※内藤忍、及び株式会社資産デザイン研究所をはじめとする関連会社は、国内外の不動産、実物資産のご紹介、資産配分などの投資アドバイスは行いますが、金融商品の個別銘柄の勧誘・推奨などの投資助言行為は一切行っておりません。また投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。


編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2017年6月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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資産デザイン研究所社長
1964年生まれ。東京大学経済学部卒業後、住友信託銀行に入社。1999年に株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)の創業に参加。同社は、東証一部上場企業となる。その後、マネックス・オルタナティブ・インベストメンツ株式会社代表取締役社長、株式会社マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長を経て、2011年クレディ・スイス証券プライベート・バンキング本部ディレクターに就任。2013年、株式会社資産デザイン研究所設立。代表取締役社長に就任。一般社団法人海外資産運用教育協会設立。代表理事に就任。