著者:ウィリアム J ボーモル
勁草書房(2010-12-24)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆
経済学の教科書では、完全競争によって価格が限界費用と一致してパレート効率的な状態が実現することになっているが、著者はこのような静的な効率性は資本主義の驚異的なパワーを説明できないという。成長にとって重要なのは価格競争ではなくイノベーションによる製品差別化であり、利潤がゼロになることはなく、それは望ましくもない。固定費用が大きいときは、それを回収するための超過利潤が必要であり、完全競争より寡占のほうがいいという。
これはイノベーションにとって起業家精神が重要だという通説とは違うが、著者は多くのデータをもとにして、イノベーションの2/3は大企業の研究開発部門で生み出されているとする。ベンチャー企業の役割は、新しい「ゲームのルール」を見つけることで、彼らの冒険によってビジネスモデルが開拓されると、技術開発の大部分は大企業によって行なわれる。資本主義のエンジンは、マルクスのいうように「つねに革新していないと競争に負ける」というプレッシャーだから、これは初期投資の大きい大企業のほうが強い。
ではイノベーションを最大化するには、どうすればいいのだろうか。技術開発のインセンティブを最大化するには、特許などによってその成果を守ることが望ましい。発明の成果のうち80%は社会に「スピルオーバー」しており、研究開発投資は社会的に望ましい水準よりはるかに低いからだ。他方、累積的な技術開発で先行する技術が利用できないと二重投資が行なわれるので、開発の成果は共有することが効率的だ。
このインセンティブと効率性のトレードオフはよく知られているが、両者のバランスを取る唯一の最適解はない。社会全体としては同じであっても、所得分配が先行者に有利か追随者に有利かによって異なるパレート効率的なフロンティアがあり、そのどこを選ぶかは制度設計に依存する。著者の印象では、アメリカの知的財産権保護は過剰であり、保護の弱い日本のほうが技術開発の効率が高いという。
ここでイノベーションと呼ばれているのは、クリステンセンの分類でいえば持続的イノベーションであり、この点で日本のほうが今でもアメリカよりも強いという評価は、その通りかもしれない。しかし日本の企業が弱いのは、新しいゲームのルールを見つける破壊的イノベーションであり、この点ではやはり起業家精神が重要だということになろう。
著者はコンテスタビリティ理論などで知られる巨匠だが、80を超えても新古典派の通説に挑戦し、本書やそれに続く論文集を出し、88歳になった今年も新刊を出すバイタリティは恐れ入る。日本に足りないのは、この旺盛な好奇心ではなかろうか。