著者:トーマス・K. マクロウ
一灯舎(2010-12)
販売元:Amazon.co.jp
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日本が新興国に対抗して生き残って行くにはイノベーションしかないというのは、よくいわれるが、そのイノベーションとは何かについては、あまり本質的な議論が行なわれていない。初めてイノベーションや起業家精神(entrepreneurship)という言葉を中心にして経済を考えたのは、シュンペーターである。原著は彼の生涯と学問を丹念にあとづけた大作で、国際シュンペーター学会賞などを受賞している。評伝としては決定版といってもいいだろう。
彼の代表作、『資本主義・社会主義・民主主義』は1930年代の大恐慌の最中に書かれ、マルクスの強い影響を受けている。シュンペーターの創造的破壊の概念も、資本主義が古い秩序を破壊してブルジョア社会を建設するという『共産党宣言』の焼き直しである。30年代には、資本主義には自動調整力がなく政府が経済を管理しなければだめだという意見が、ケインズを初め支配的だった。
それに対してシュンペーターは、資本主義の本質は起業家精神にあり、政府はイノベーションを作り出せないと論じた。しかしこうした資本主義の本質は知識人に理解されず、彼らはその強欲や非倫理性を攻撃する。こうした考察の結論として、彼は資本主義が生き延びることができるかという問いに、「否」と答える。しかしそれはマルクスが予想したような窮乏化によってではない。
資本主義の現実的かつ展望的な成果は、資本主義が経済上の失敗の圧力に耐えかねて崩壊するとの考え方を否定するほどのものであり、むしろ資本主義の非常な成功こそがそれを擁護 している社会制度をくつがえし、かつ、不可避的にその存続を不可能たらしめ、その後継者として社会主義を強く志向するような事態を作り出す。(『資本主義・民主主義・社会主義』p.98)
マルクスは資本蓄積とともに利潤率が低下し、労働者は窮乏化すると予想したのに対して、シュンペーターはイノベーションによって資本主義は成長し続けることができると考えた。しかしイノベーションは企業が巨大化するにつれて低下し、生産が独占企業によって「社会化」される。
戦後のシュンペーターは、こうした巨大企業と労働組合の労使協調によって社会を管理するコーポラティズムを推奨するようになった。これはガルブレイスの『新しい産業国家』などに受け継がれ、資本主義と社会主義が「収斂」するという説になり、コーポラティズムの成功例として賞賛されたのが日本企業の「家族的経営」だった。
シュンペーターの思想はその時代に制約されて一貫性がなく、マルクスのような哲学的な深みもない。彼の理論は数学的に定式化されなかったので、その弟子のサミュエルソン以降の「科学的」な装いをもつ理論に圧倒されてしまった。しかし日本がこれから立ち直るためのヒントは、形式的に完成された新古典派理論よりも、イノベーションという不可解な現象を追究したシュンペーターにあると思う。