ジャクソンホール講演

池尾 和人

米国ワイオミング州の保養地ジャクソンホールで毎年開催されているカンサスシティ連銀主催のコンファレンスの今年のテーマは、そもそも「長期の経済成長(long-term economic growth)」だったのだから、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が当面の金融緩和について具体的な言及をしなかったのは、とくに変則的なこととはいえない。基本的に夏恒例のカンサスシティ連銀コンファレンスは、中央銀行関係者が中長期的な課題について議論する場である。


その意味では、昨年の同コンファレンスを量的緩和第2弾(QE2)のアナウンスの場にバーナンキ議長が使ったことが、むしろ異例であったといえる。そして、足下の米国経済の状況からすれば、市場関係者をはじめとした多くの人々がFRBが何か追加の対策を打ってくれるのではないかと期待して、昨年の経験からバーナンキ議長の発言に注目したのは無理からぬところがある。ジャクソンホール講演に過度の注目を集めさせることになった責任の一端は、バーナンキ自身にあるといえる。

先だって『週刊ダイヤモンド』2011/08/27号の「データフォーカス」欄に、筆者は「一定の成長経路をたどっていた経済が、経済危機に見舞われて大きく下振れした後、時間の経過とともに元の成長経路に復帰することになるのか(ケース(1))、あるいは新たな(より低い率での)成長経路を(ケース(2))たどることになるのか。/この疑問は、米国経済の今後を考えるうえでも重要な意味を持っているもっている。」と記した。

以下の図は、その記事に付したグラフをCBO(米議会予算局)が直近に公表したデータに基づいて描き直したものである。

濃赤色の実線がCBOの推計した潜在GDPの推移を示しており、黒色の実線が実質GDPの実績値の推移を示している。CBOの潜在GDPに関する推計が正しいとすると、実質GDPの実績が出ている今年の第1四半期(2011Q1)において、米国は1兆ドル、率にして実に6.7%ものGDPギャップを抱えていることになる。なお、灰青色の実線はCBOの予測で、ケース(1)を想定したものとなっている。破線の方は、ケース(2)を表している。

こうした中で、たまたま今年のジャクソンホールでのバーナンキ講演は、その後段の方で上記の疑問と同一の問題をとりあげている。そして、バーナンキ議長の解答は、「もし米国がそれを確保するための必要な措置をとるならば(if our country takes the necessary steps to secure that outcome)」ケース(1)が成り立つ、ただし「もしは強調しておきたい(I stress if)」、というものである。

もちろん、物価と金融システムの安定を維持することは、経済成長の基盤となるものである。また、失業期間が長期化すると、技能の劣化や労働力との結びつきが失われるなどから潜在成長力が毀損される可能性があるので、早期の景気回復を図る必要がある。これらの点で、FRBに役割がある。

しかし、「長期における頑健な経済成長を支える経済政策のほとんどは中央銀行の所管外にある(most of the economic policies that support robust economic growth in the long run are outside the province of the central bank.)。」と、バーナンキ議長は主張している。換言すると、財政問題をはじめとして、政府や議会はもっとしっかりと問題に取り組む必要があるという話である。日本でも政治家は、中央銀行に責任転嫁している暇があったら、経済問題の解決にもっと真摯に取り組む必要がある。

金融政策が「魔法の杖」ではないというのは、筆者などにとっては当然のことで、上引用のバーナンキ発言に違和感はない。けれども、金融政策によって大抵の経済問題の解決が図れるかのように議論し、バーナンキ議長もそう考えているはずだと思い込んでいた人達にとっては、長期的な課題の解決策は「中央銀行の所管外にある」というバーナンキ発言は、いささかショックだったかも知れない。

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池尾 和人@kazikeo