著者:戸堂 康之
販売元:中央公論新社
(2011-08-25)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆
野田新政権の大きな課題は、これまでの政権で看板にしてきたTPP(環太平洋パートナーシップ)である。ところが所管の鉢呂経産相は農水族で、就任記者会見では「グローバリズムには問題がある」などと語った。TPP反対の急先鋒である鹿野農水相が留任したこともあいまって、新政権はTPPにはあまり積極的ではないようだ。
この背景には、TPPのメリットがはっきりしない一方、農協の声が政治的に大きいことにあるように思われるが、本書も指摘するようにTPPが農業に与える影響は小さい。野菜など大部分の農産物は貿易の対象になっていないし、輸入されている作物の関税もかなり下がっている。自由化されれば、むしろ日本から輸出できる農作物もある。いずれにせよ、GDPの1%程度しかない農業を守る経済効果は大したことがない。
世の中に出回っている「TPP亡国論」の類は、日本を取り巻く国際環境も知らないで農業保護を叫ぶものだが、これは論点を取り違えている。TPPのねらいは、本書も指摘するようにアジア諸国の門戸を開放させることなのだ。二国間のFTAやEPAでは特定の産業を保護することが認められているため、アジアから日本への工業製品の輸入はほとんど無税なのに輸出には高率の関税がかけられている。TPPはこうした非対称な関係を変え、新興国を世界市場に取り込むものだ。
輸出が増えないというのもアメリカだけを見た議論で、対アジアでは輸出の余地は大きい。中国との間でさえ、香港経由の中継貿易を入れると日本の黒字だ。また資本輸出や対内直接投資のような資本移動を促進する上でも、新興国の保護主義的な制度が障害になっている。これを多国間で一挙になくし、規制や基準認証なども統一するのがTPPのねらいである。
では日本が、これからグローバル化で利益を得られるのか。既存の大企業はすでにグローバル化しているが、中小企業で技術力があるにもかかわらずグローバル展開していない「臥龍企業」がかなりある、と著者はいう。これは製造業だけではなくサービス業にも多く、地域的にも東京に集中してはいない。こうした企業は海外とのネットワークがないためにグローバル化できないが、「復興特区」のような形で集積し、規制を撤廃すれば日本の成長エンジンとなる可能性もある。
本書の中心は経産省の委託研究で、やや産業政策のにおいが気になるが、TPPで日本が失うものはほとんどないという指摘はその通りである。得るものが大きいかどうかもわからないが、古いシステムに揺さぶりをかけることには意味があろう。