(続)TPPの週末が明けて -中国はどう出てくるだろうか(シミュレーション)

津上 俊哉

昨14日、本欄に「TPPの週末が明けて  -「野田総理は大きな扉を開けた」ことになるか」というのをポストした。その中で、心ならずも(笑)「TPP不在の主役」にされた中国が、孤立を避けるために動き出すだろうという趣旨のことを書いた。
まだ書き足りない気分なので、続きを書く。続編のテーマは、今後中国はどう出てくるだろうか?である。


 「日本の出過ぎた真似」を不快がる中国

まず、野田総理のTPPイニシアティブを見せられた中国の指導者や政府の心情を推し量ろう。今回、中国は自分の居ないところで、TPPに関する日米両国の目論見を何度も聞かされた。「これは対中牽制である」と。

(ここ数週間の国内論議・報道を振り返って、日米両国の関係人士は「地政学」を撒き散らしすぎた気がする。野田総理や関係閣僚などの地位にある人は、「そつのない言い回し」だったかもしれないが、「火のないところに煙は立たない」である。)

古来、春秋戦国の合従連衡の歴史のある中国にとって、野田TPPイニシアティブのような外交手法は、それ自体としては十分理解可能なものである。しかし、それを「日本からやられた」ことを不快に思う中国人は多いと思う。「日本は米国の属国だ」と見ているためである。中国にとって、超大国米国から「ハイハンド」な揺さぶりを受けることはままあることで、怪しむに足りない。舐められないために「やられたら、やり返せ」がお互いの日常である。

「しかし、日本はそういう国柄ではないだろう!?」 もっとあけすけに言えば「属国の分際で、宗主国の真似をするとは笑止千万、不愉快千万!」だ。南シナ海問題への日本関与を見る眼にも同じ表情が浮かんでいる。「釣魚(尖閣)列島問題ならいざ知らず、遠く離れた南シナ海になぜ日本が手を出すのだ!?」

 なぜ中国は日本を「属国」視するのか

(宣伝じみて恐縮だが、以下は拙著「岐路に立つ中国」から抜粋した。)

そもそも中国が日本を「属国」視するのは、日本という国の独自の外交意思、自国の国益を真摯に考える様といったものが見えないせいである。一方で、技術は言うに及ばず、勤勉で自律性の高い国民性など、中国が日本に一目も二目も置く点は少なくない。実は「日本=属国」観は、中国が以上の点で「日本に敵わない」と感ずることへの「心理補償」的な面があるのである。「あれやこれやで敵わないけど、そうは言っても日本は属国だからね」と。

「日本=属国」観が強固に固まっているので、中国には日本との外交ゲームを考える習慣がない。数学に喩えて言えば、中国が外交ゲームをシミュレーションしようと思っても、「米国頼りの日本」では、変数を動かしても異なる結果を返してくることのない「定数項」、分析のために微分すると、姿が消えてしまうのだ。物事を大掴みだが、常に戦略的に考える中国人にとっての「日本像」は、外交サインを送っても、あるべき反応が帰ってこない退屈な相手、というものだ。

今回、日本はTPPを巡って「外交ゲームをやる」と宣言した。中国は不愉快を感じつつも「お手並みを拝見しよう」という気分だろう。では、日本はTPPを巡って中国と対面したときに、何を語るのか。そこで「高水準、高水準」と、米国の「口パク」だけやっていれば、中国の「日本=属国」観を上書きするだけ、「ボスの米国と直に話をつけるから、パシリは引っ込んでろ!」となる。

 もし自分が中国なら、どうするだろうか

中国は外国から「やられた」場合には、閻魔帳につけて「お返し」をする国だ。「日本はそういう国柄(パワーゲームの応酬をする国)ではないと思っていたが、違うらしいな。それじゃお手並みを拝見しようか…」 今回のTPP論議で撒き散らした「地政学」の弊害は、今後の外交戦でキッチリ返される覚悟が、まず要る。

外交巧者の中国が日本、米国に対してどう処してくるかを、思いつくままシミュレーションしてみよう。ポイントは、日米、とくに柔らかい下腹(弱み)を抱える日本を如何に突き、揺さぶるか?だ。

 [中国の出方のシミュレーション]
○TPPで「不在の主役」にされた立場を逆に利用する。中国から頭を下げて「TPPに入れてくれ」と言いに行くのは愚策である。中国がTPP交渉に参加するか否か、キモの交渉は米国と水面下で行えば足り(「G2」時代の米中交渉)、大筋項目について米国と「握れる」見通しが立つまでは「参加しない」。それまでの間、中国は外向きに「加盟への関心」を表明し続ける一方で、身はTPP交渉の外に置く、というのが自由度を確保する良策である。

○この場合、ゲームの主舞台としてTPP以外の場、例えば野田総理も昨日「積極的に進めていく」と表明した「アセアン+3」を使う。ここでは米国が「不在の主役」だ。この場で例えば、日本に「日中韓FTA」の本格バイ交渉入りを呼びかける。これに日本が応じなければ「口では『積極的に進める』と言いながら行動が伴わない国がいる」と牽制する。

○「アセアン+3」会合等の場で、「APEC地域における中国の自由化措置(オファー)」を一方的に表明する(中国がWTO加盟交渉で何度か使った戦術)。内容は例えば「全品目の97~98%に及ぶ関税撤廃」
狙いは「中国プラス」の高いハードルを日本に強いて揺さぶりをかけること(「途上国中国がこれだけの撤廃を約束する以上、『高水準』を標榜する先進国日本が、よもや中国を下回る体たらく、ということはあるまいな?」)。アセアン+3の『不在の主役』米国に対しても、撤廃内容を説明して、「日本の自由化レベルが『中国マイナス』はあり得ない」旨、釘を刺す(米国としても反対する理由はない。ここらが多数当事者ゲームの複雑な所以だ)。

○日本がなおも「中国マイナス」レベルのTPP妥結を求めるなら、外野から「一方で『高水準の協定』を求めながら、他方では『域内の関税…を実質上のすべての貿易について撤廃する』という地域統合の核心要件(GATT協定第24条8項)を骨抜きにしようとしている日本のダブル・スタンダード」を批判する。日本と関税交渉を行っている関係国にも同調を促す。

注:日本がアセアン諸国等と締結した二国間EPAの関税撤廃率が軒並み80数%台の低成績なのに対して、中国が同様に締結したFTAは95%程度を達成済みだ。この点では中国の方が既に「高水準」なのである。もちろん、途上国相手と日米など先進国相手では、同じ関税撤廃といっても意味合いや影響が異なるが、他のTPP交渉参加国が受け容れる趨勢なら、中国は断行するだろう。これは「他の途上国も受け容れる」内容で、しかも「アジア太平洋地域での国家利益を守るために米・日との駆け引きが必要」な局面である。中国はそうした場面で「個別業界の利害を盾にした抵抗」が罷り通る国ではない。

○米国の弱点を突く(TPP参加中のまたはアセアン諸国など途上各国をオルグして、先進国米国に都合の良すぎる規定、米国の「価値観」を押しつける規定に反対する途上国の「多数の声」を作り出すように努める。

○中国がTPPに参加するか否かは、代替オプションであるアセアン+3+、+6との衡平の下で「弁証法的に」判断する。以上のような駆け引きの過程で、米国の「高水準」要求とも折り合える見通しが立つならTPPに参加すればよいし、米国が「過度の高水準」や「手前勝手な」米国益にこだわるならば、アセアン途上諸国を味方につけるように努めて「地域の『多数の声』に反して、利己的で不合理な要求にこだわり、APEC地域(或いはアセアン+3、+6地域)の統合を阻んでいる国がいる」と米国を牽制する。

如何だろう? 「地政学」や「パワーゲーム」に手をかけてしまった以上、今後の道行きは厳しい。今後のTPP内/外の交渉で日本が肝に銘ずべきなのは、時代遅れな農産物保護政策を続けているせいで、元々重大な交渉ハンディキャップを負っているということだ(にもかかわらず、米国の提唱する「高水準な通商協定」に唱和したので、弱点が一層際立つ)。中国は「出過ぎた真似をした日本に教訓を与えるため」と言わんばかりに、この柔らかい下腹を打ってくるだろう。

農協勢力がそういう外部情勢を顧みずに、国内でお決まりの「決起集会」式反対運動を展開していれば、中国にいいように弄ばれることは避けられない。挙げ句に日本の交渉が「自壊」してTPP加盟を断念したりすれば、世界中の笑い物になるのは昨日述べたとおりである。そういう揺さぶりにやられないように備えをしなければならない。筆者が「国内対策作りを急ぐべき」だと考える理由はここにある。

 今後のあるべき交渉態度

ただ、「そういう揺さぶりにやられずに粛々と国内調整を進める」だけでは、防戦一方で十分ではない。日本は、日本を「軽く見る」中国を「見返す」ためにTPP交渉をやる訳ではないからだ。究極の狙いは、統合を進めAPEC地域全域が豊かになる中で日本の経済が裨益できるようにすることであり、その過程で日本が少しでも主導的な貢献を行って、地域の中で名誉ある地位を占めることのはずだ。

そのためには、昨日のカナダ、メキシコの参加意向表明に見られたように、TPPで米国と連携して域内の地域統合気運を盛り立てていく一方、TPPが「中国を巻き込む大雪崩」(つまりFTAAP(アジア太平洋全域のFTA)に発展する可能性を見据えつつ、多国間の協議に主体的に参画していく姿勢が求められる。

それを踏まえて、今後日本にとって大事なことは次の二つだと思う。

 ①日本にとっての「高水準」の功罪と限界を冷静に見極めること
上述のハンディキャップがあるからと言って、無闇にTPPのバーを下げようと画策すれば、盟邦米国との不和を招いて中国に乗じられる隙を作ることになるばかりか、「米一粒たりとも輸入しない」で世界の顰蹙を買ったウルグァイラウンドの過ちの再演になる。

ちなみに、国内で大紛議の種になった「ISD条項」については、日本が途上国との投資(保護)協定づくりを進めるために経済産業研究所(RIETI)が進めてきた研究の蓄積があることを知った(自分の古巣なのに、これまで不知で恥ずかしい)。ずらりと並ぶ過去論文のわずかを斜め読みしただけだが、ここで以下の3点をコメントしておきたい。

i) TPPにISD条項を盛り込むことは法制が未整備の途上国で日本の投資権益を保護するメリットもある(過去の実例もある)

ii) 一方、近年訴訟で多用されつつあるという「公正かつ衡平な待遇」概念は不明確であり、先進国間で濫訴を招く恐れもあるので、内容の更なる詰めが必要

iii) いずれにせよ、TPP反対論が主張した「米国の罠」的な見方には誇張があり、メリット・デメリットを見極める冷静かつ専門的な議論が必要(同じようなことを「知財権保護」と言うと皆が納得し、「投資権益保護」と言うと大騒ぎ、なのは滑稽でもある)。

(ご関心のある方、論文を読んでみたい方は、