「公表する」、「公表しない(存在もしない)」、「やっぱり公表する」と、まさに二転三転した民主党の新年金制度に関する財政試算結果が、ようやく公表された。
○新制度の財政試算のイメージ(暫定版)※編集部注PDFファイル
「消費税国会」という政局の文脈から出てきた試算だけに、消費税10%に加えて「さらに消費税7.1%引き上げが必要」という点ばかりに焦点が当たりがちであるが、他にも注目すべきポイントがたくさんある。詳しく解説しておこう。
■ざっと民主党年金改革案のおさらい
まず、民主党がマニフェスト掲げていた年金改革案をざっとおさらいしておこう。民主党の年金改革案の骨子は、次の3つである。
(1)年金制度を統一・・・現在、厚生年金(サラリーマン)、共済年金(公務員)、国民年金(自営業、農林水産業等)と3つの制度に分立している年金制度を一つに統一する。
(2)最低保障年金の創設・・・消費税引上げを財源に、月額7万円の支給を保証する制度を創設。
(3)所得比例年金の創設・・・サラリーマン、自営業などの職業の区別なく、所得の15%を保険料として徴収し、その収めた金額に比例した年金額が受け取れる年金制度を創設。
今回、財政試算として出てきたものは、主に、(2)の最低保障年金に必要な消費税引き上げ幅と、(3)所得比例年金として給付される金額の2点である。また、それに付随して、これまで発表されてこなかった民主党年金改革案の制度設計の細部が明らかとなった。
■「連合」と調整可能な案は、消費税4.9~7.1%引上げのケース
最低保障年金とその消費税引き上げ幅については、具体的には、4つのケースが示されている。第1のケースは、生涯平均年収260万円を超えると徐々に最低保障年金の減額が始まり、690万円を超えると最低保障年金が全く受け取れなくなるというケースであり、2075年において7.1%の消費税引き上げが必要とされる。
その他の3つのケースは、消費税引き上げ幅をもっと小さくするためのものである。具体的には、(1)消費税4.9%引き上げで済ませたいならば、所得0から最低保障年金減額がスタートして、生涯平均年収390万円で打ち止め、(2)消費税3.3%ならば年収520万円で打ち止め、(3)2.3%ならば年収260万円で打ち止めという3ケースが報告されている。
4つもケースがあると、目くらましにあったようなもので、どれをみてよいのか分からなくなってくるが、民主党が政治的に選択可能なケースは、おそらく消費税4.9%の案と7.1%の案のどちらかだろう。
というのは、2007年の参院選時に、民主党が年金改革案を提示した時には、最低保障年金の減額スタートが年収600万円(今回発表の夫婦平均年収でいえば300万円)、打ち止めが1200万円(同600万円)というものであり、今回の消費税7.1%の案とほぼ同じものであるからである。
なぜ当時、年収1200万円の人々にまで最低保障年金を配る案になったかと言えば、民主党の支持母体である「連合」が、この水準に異常に固執したからである。つまり、「連合」というのは大企業の正社員の労組であるから、実はかなり豊かな労働者の組合なのである。
その連合の組合員に新年金制度を納得させるためには、なんと年収1200万円の労働者にまで恩恵を及ぼす必要がある。今回も連合が1200万円の水準に固執するとすれば、民主党として調整可能なのは、消費税7.1%の案か、せいぜい4.9%の案のどちらかということになる。
■最低保障年金は、月額7万円を保障しない
今回発表された最低保障年金に関して、私がかなり驚いたことは、月額7万円の実質価値が、将来的にどんどん下がってゆく制度設計になっていることである。つまり、最低保障年金が最低の生活費を「保障していない」制度となっている。
具体的には、「みなし運用利回り」と称する「賃金上昇率から少子化進行分を除いた率」が年金額にかけられてゆき、将来的に給付額がどんどんカットされる。今回、公表された試算の資料の図には、2065年時点の最低保障年金の現在価値が5.8万円と書かれていて、自民党・田村憲久議員が国会質疑において「最低保障年金は5.8万円になっているのはおかしい」と指摘している。
しかし、この5.8万円という数字もまだまだ甘い。これは甘い経済見通しに基づいた単なる目安の数字であって、将来の経済状況(賃金上昇率に反映)や、少子高齢化の進展状況(スライド分)によっては、この金額はもっとずっと少なくなってもおかしくはない。
後で詳しく説明するように、この試算の前提は、日本経済が絶好調で成長するという「超バラ色のシナリオ」で、賃金上昇率も今後100年近くにわたって2.5%で推移するという現実離れしたものであるから、最低保障年金がさらに下がる可能性は非常に高い。
また、そもそもこの5.8万円という数字も、賃金上昇率で割り引くという経済学的には無意味な操作が行われている数字で、経済学的に正しい利子率で割り引いた場合には、直ちにもっとずっと少ない金額になる。
これでは、「マクロ経済スライド」という給付カットの仕組みがある現在の国民年金よりも、最低保障年金の方が低くなることさえ大いにあり得る。そもそも現状の国民年金、基礎年金を批判し、「最低保障年金」という金看板を民主党は掲げたはずである。それが、月7万円を保障していないということでは、まったく「偽りの看板」であり、国民に対する背信行為と言わざるを得ない。
■不自然な消費税率の上昇テンポ
最低保障年金でもう一つ注意したいのは、消費税の引き上げテンポが不自然であるということである。具体的に試算では、例えば消費税7.1%引上げのケースについて、2015年度0%、2035年度0.6%、2055年度4.4%、2075年度7.1%という引上げスケジュールを発表している。
試算では、2016年度から新年金制度がスタートすることになっているので、2015年の消費税引き上げ幅が0%というのは当然であるが、2035年においても0.6%というのは明らかにおかしい。これでは、20年間もの間、ほとんど消費税を引き上げないで済むことになる。
しかしながら、みんなの党・浅尾慶一郎議員が国会質疑で指摘したように、これでは、2016年度に新制度がスタートしたとたん、基礎年金の保険料が支払われなくなるので、基礎年金の運営がたちどころに不可能になってしまう。新年金制度がスタートしても、その移行には60年ぐらいかかるから、その間、基礎年金制度は存在していなければならない。
もちろん、最低保障年金は設立当初はほとんど支払う必要はないのである。しかし、その分、基礎年金からほとんどの年金受給者に対して、年金が支給される。基礎年金は賦課方式であるから、基礎年金の年金給付をするために、2016年から消費税を引き上げなくてはならない。試算にある数字からその引き上げに必要な金額を拾えば、なんと消費税率にして4.1%ということになる。
本来であれば、2016年に消費税を4.1%引き上げる必要があるのである。したがって、20年間ほとんど引き上げないという試算結果は、単純に何かの計算間違いをしているか、正しいとすれば、初めの20年程は消費税が引き上がらないように、会計操作をしているのだろう。
おそらく、所得比例年金に新しく積み上がる積立金から、お金を基礎年金や最低保障年金に流用するようなことを考えているのではないか。どちらとしても問題であり、陰でこそこそやらないで、きちんとした説明をすべきである。
■所得比例年金は、払った分は返ってこない制度
この試算でもう一つはっきりしたことは、所得比例年金は払った保険料に見合った年金が支給される制度「ではない」と言うことである。
所得比例年金については、以前から、民主党の議員によって「積立方式だ」という議員がいたり、スウェーデンのように「みなし掛け金建て方式」という名の実質的な「賦課方式だ」という議員がいたりして、今一つ明確な財政方式が分からなかった。
しかし、今回の試算ではっきりしたことは、運用利回りよりもはるかに低い賃金上昇率から、さらに少子化分を差し引いた「みなし運用利回り」で年金額を決めるということである。これは、当然、「支払った分に見合う年金が戻ってくる」という積立方式ではない。
どの程度少子化分を差し引くのかがまだ明確ではないものの(算定式の係数次第)、これは「マクロ経済スライド」のような給付カット策が100年近くにわたってずっと続くことを意味するから、かなりの給付抑制が行われることになる。その度合いによっては、実質的には現行の賦課方式にかなり近い制度となってしまう。
民主党案が賦課方式に近い制度になっても、現在の厚生年金加入者や共済年金加入者の若者にとっては、既に現在「返ってこない」制度なのであるから、ダメでもともとということで、仕方がないと受け止める人もいるだろう。
しかしながら、新たに保険料負担が大幅に増す自営業や農林水産業者にとっては、「支払い損」になる制度に納得することはなかなか難しいだろう。小宮山厚労大臣は、「保険料が高くなっても、比例して戻ってくる制度ですから良いのではないか」と言っているが、問題はどの程度「比例」するかである。例えば、現行の厚生年金のように、20代の若者について支払った保険料の6割しか戻らないという制度も、「比例して戻ってくる制度」なのである。
以下、民主党年金試算をどう読むか(下)に続く。
編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年2月13日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。また同タイトル(下)は明日(2012年2月14日)掲載します。