負の所得税というのは、橋下氏の読んだ『もしフリ』でも紹介したように、課税最低限の所得を超える所得にプラスの課税をするのと同様に課税最低限より下の所得にもマイナスの課税(税の給付)をすることだ。
たとえば課税最低限を400万円、税率を20%とすると、400万円を超える所得に20%の税金がかかるのと同じように、400万円以下の所得の人にも、その所得との差額の20%を給付する。たとえば所得が200万円だと(400万-200万)×0.2=40万円を給付するので、課税後の所得は240万円になる。図のように所得ゼロの人は、400万円×0.2=80万円の給付を受ける。
他方、ベーシックインカム(BI)にもいろいろな考え方があるが、ここでは単純化して一律に80万円のBIを給付し、所得には20%課税する(課税最低限なし)とすると、図のように所得ゼロの人は80万円の所得を得る。彼が働いて200万円の所得を得ると、そこから20%課税されるので、160万円。これにBIを足すと、240万円。つまり基本的に負の所得税とBIは同じなのだ。効果が同じなら、一律に給付するBIのほうが効率的である。
負の所得税はフリードマンが「小さな政府」を求めて提案し、BIはアンドレ・ゴルツなどの左翼が平等主義で提案したものだが、そういうイデオロギーの違いはどうでもいい。大事なのは、これが従来の社会保障を廃止するための制度として提案されていることだ。
現在の公的年金は貧しい若者から豊かな老人に所得を分配する不公平なシステムだ。問題は年齢などの属性ではなく所得なのだから、公的年金も生活保護も失業保険も介護保険も廃止して負の所得税(あるいはBI)に一本化すれば公平になり、厚労省の膨大な事務費も不要になる。
もちろん、こんなドラスティックな改革を実現するには問題も多い。現在の社会保障には巨額の既得権がぶら下がっているので、それを廃止することは政治的に困難だろう。特に年金の2階部分は保険料による企業や本人の負担なので、これを没収することは財産権の侵害になるおそれがある。税を捕捉率の低い所得税に一元化すると、かえって実質的な不平等は拡大するかもしれない。
しかし現在の年金制度が遅くとも20年以内に破綻するのは、多くの専門家の予測するところだ。800兆円にのぼる積立不足を埋めるために、将来世代には大増税が待っている。こうした悲惨な未来を防ぐためには、今からこうした抜本改革のオプションを考えておいてもいいのではないか。