実際にVOICEの動画を見て、思ったより悪質なやらせ番組だと言う事が判りました。日本の報道倫理が、この様な羊頭狗肉番組を許すのが驚きです。
この番組は「米国教育改革に対する教員組合の批判」と言うタイトルで放映されるべきで、そうであれば、私は「事実の誤認」以外は異論を挟みません。
NCLB法に関する米国内の論議は尽きませんが、強硬に反対している勢力は、教員組合と、連邦が地方の専権事項である教育に口を出す事は憲法違反だとする、一部の保守系グループだけです。
番組に登場するRavitch女史は高名な学者ですが、戦闘的な教職員組合の理論的指導者でもあり、私も30年近く前にお目に掛かった事があります。その頃の米国は、学力の国際比較で他の先進工業諸国に水をあけられ、学力テストの結果が、連続して最下位を記録していた時代でした。
これに危機感を抱いた米国政府は、初等中等教育の水準と国家の競争力との密接な関係を強調した『危機に立つ国家』と言う連邦報告書を発表し、その後、英国の教育改革(サッチャー改革)やNCLB法(落ちこぼれゼロ法)の考え方に大きな影響を与る事になります。
Ravitch教授も含む、超党派的な支持を得て可決されたNCLB法ですが、その後この法案の施行を巡り、教員組合と行政や市民団体とが衝突を繰り返し、教員組合側に立つRavitch教授は反対に回りました。だからと言って、教授が初等中等教水準と国家の競争力の関係を否定している訳ではありません。
番組の詳細は動画に譲り、本稿では番組のアンフェアな手法、誤報、虚報などを幾つか指摘したいと思います。:
先ず取り上げたいのは、「最大の犠牲者は子供達」「これは改革ではなく、破壊であって、21世紀の教育とは思えない」「私がクビになった理由は成績ではなくて財政上の人員削減だ」等々の特定個人の発言だけを取り上げて「学力向上を掲げていた改革は、いつのまにか教員の人件費削減に変っていた」と言う結論を出している事です。
番組が批判している相手に発言の場も与えず、具体的な証拠もデータも無しに、自分の書いたシナリオ通りの結論を出すやらせ手法は、アンフェアと言うより、民主主義の根底を覆す危険な思想です。
合計すると500以上もあるシンクタンクを抱え、世界のデータセンターとも言われるワシントンとニューヨークで取材しながら、専門家とのインタビューも客観的なデータも示さない事は、怠惰か、無能か、意識的としか思えません。
ワシントンの、リー前教育長を皮肉を込めて持ちあげた後、「だが」と言うコメンテーターの一言で、番組の流れは急変し、その後は、ラヴィッチ教授の描くシナリオ通り:
サッチャー教育改革=NCLB法=競争万能主義=テスト至上主義=教員抑圧=大阪教育条例=失敗
と言うドグマの宣伝番組に身を落として仕舞いました。
「リー教育長も職を追われた」と言うコメントも事実に反します。リー女史は辞任に際して、自分の右腕であった副教育長のカヤ・ヘンダーソン女史を後任に指名し、リー政策は現在も継続されています。
又、解雇された教師に「ベテランの先生は若いパート教員に替えられ、教員不足は深刻」と言わせてていますが、これもアンフェアーな報道です。
リー教育長が教員組合の標的となった理由は、彼女の激しい性格や有無を言わせぬ強引さだけでなく、TFA(Teach For America)を活用して若く優秀な教員(若いパートではありません)を採用し、,成績不良なヴェテラン教員と交代させた事が響いています(このNPO運動は日本でも参考になると思いますので、ティーチ・フォー・アメリカで検索して見てください)。
ニューヨークでの取材は、ワシントン以上に質の悪いデマだらけのものでした。その幾つかを取り上げ、この番組の虚構の一端を指摘したいと思います。
何故、ジャマイカを取材先に選んだのか理解できませんが、この地域は60年代前半から移民が急増し、またたく間に麻薬と犯罪の街と化しました。番組ではジャマイカ高校を、コッポラやノーベル賞授賞者を生んだ伝統校と紹介していますが、60年代以降はモデルと言える卒業生は皆無です。卒業率が90%近いなどとは、とんでもないデマで、最近10年間で50%を超えた年はありません。
「ジャマイカ高校を閉鎖した後、校舎の一部を使って民間の学校が授業を始めていて、民営化の流れはとまらない」と報道していますが、これもデマです。
NY市教育局は、多発する校内犯罪で被害を受ける真面目な生徒を救済するため、ジャマイカ高校を廃校し、その跡地に公立専門高校2校を移す事を決定しました。番組にある「校舎の一部を使って授業を始めた」のは、 Hillside Arts & Letters Academyと言うれっきとした公立高校で、「既に民間校が授業を始め、民営化の流れはとまらない」というストーリーは、全くの「虚構」です。
小数民族問題や移民を抱える米国では、公立学校の改廃はごく普通です。閉校の背後には「ある法律がある」等と言う「作り話」を考える前に、少しは調べて下さい。
学校の成績を巡ってデータの不正があったと言う番組の指摘は、多分正しいと思います。然し、入試に不正があったからと言って入試制度を止めないように、不正データの発生を防ぎながら、改革を続けるしかありません。
「州や市の方針に抵抗してテスト結果の重視をやめ、何でも生徒に選ばせ好奇心を引き出す事で成功した」と言う話も信用出来ません。何故なら、日本では今でも主流であるこのジョン・デューイの教育論は、60年代まではNYでも主流の考えでした。ところが、学級破壊が手の施しようも無いほど蔓延した結果、NY市はこの考えを捨て、教員組合の抵抗を押し切って自主と責任の均衡を保つ教育に踏み切ったからです。
又、「州や市の方針」とありますが、同じ学校に「州と市」が方針を出す事は制度的に考えられない事も信用出来ない理由の一つです。
「大阪の改革は、学校や教師の熾烈な競争に追いやる狙いが見られる。結果的に失敗に終ったアメリカの二の舞になる恐れは?」と言う格好良いエンディングも、これだけ多くの嘘や誤りを前提とした「やらせ」の結果ですから、私には、番組の虚構の崩壊を告げる「遺言」としか聞こえません。
前稿でも書きましたが、米国には各地方の専権に属する普通校、Charter Schools, Magnet Schools, Independent Schools を合わせ、約10万の公立学校があり、これだけ異なる環境の中で、受け入れるこ
とと、優秀さを求める声をどのように均衡させるかを長い間議論し、改良を重ねて来ました。
それでも、同じNY市の公立高校で、卒業生からノーベル賞受賞者を7人も輩出した学校から、卒業率が50%にも達しない学校まであるなど、全てを解決出来る名案がないままに辛抱強く試行錯誤を続けているのです。
教育問題は「成功」「失敗」と言う単純な物差しで測る既得権論議は避け、誤りは直ぐ正す事を前提に「試行錯誤」を続けるしかありません。
VOICEが仕掛けた失敗、成功と言う単純な物差しで教育を測る「落とし穴」を、我々は何としても避けなければならないと言うのが、この番組から学んだ教訓です。
注:以下はTetsuharu Kawasaki ・様からお送りいただいたvoiceの公式ページですので、未だ番組を見ていない方はご参照ください。
VOICE 緊急取材「【1】米国流教育改革の“落とし穴”」2012/02/16放送