誰にも分からない日銀の隠れ債務免除益 --- 伊東 良平

アゴラ編集部

2005年3月、埼玉県幸手市内の家屋の解体現場から現金1,176万円の入ったタンスが発見された事件を覚えている方はいらっしゃるだろうか。解体業者が偶然見つけたが、このお金は遺失物として処理された。昨年10月には、長野で土蔵の床下から金の延べ棒210本(時価約5億6,300万円)と現金約6億7,000万円が発見される事件があった。脱税事件であった。


火災や身寄りのない老人の死亡(埋蔵金の滅失)などで、この世からなくなる紙幣は年間にどのくらいあるのだろうか。統計を取ることは極めて難しく、正確な数字を知ることは誰にもできないだろう。脱税や忘失などで、現存するが使われることのない紙幣を含めると、貨幣として流通していない紙幣はこの国にどれくらいあるのか。誰にもわからない。

【図1】日本銀行2012年2月22日時点の貸借対照表(単位:億円)

(日本銀行公表資料から筆者作成)

この国で過去に発行された紙幣の量はわかる。日本銀行が公表している今年2月22日時点のバランスシート(表1)を見ると、日本銀行券の発行残高は79兆6,151億円で、全てが1万円札と仮定しても79億6,000枚以上の紙幣が発行されたことになっている。マネーストックの約1割を占め、国民1人当り平均62.5枚の紙幣をどこかに仕舞っている計算になる。

もちろんこれは銀行券の発行残高で、発行された紙幣がすべて現存しているわけではない。日銀が発行した紙幣は本来であれば市中銀行を通して日銀に回収され、市中銀行の当座預金に代わることになるが、消失した紙幣は市中銀行に戻ることなく、日銀の負債として数字が残りつづける。日本銀行券という無記名・無担保・無利息債券は、仮にそれがこの世から消えたとしても、発行主体は債務を負っていると考え続ける。消失したことが明らかならば、他の債務に転換されることはないわけだから、消失した額だけ負債を減らし「債務免除益」を計上してもよいのかもしれない。しかし、日銀は滅失した紙幣の額だけ利益を得たとは考えない。このため、日銀のバランスシートは常に実体よりも悪く見えている。

大変不謹慎な話ではあるが、昨年の震災では多くの方の命が失われただけでなく、大量の紙幣が流失した。福島県内で昨年1年間に拾得物として届けられた現金は約12億円で、前年の7.6倍に上ったらしい(福島県警発表)。沿岸部では、現金約5億5,000万円が入っていた金庫が発見されたこともあった。拾得されることなく消えた紙幣はこの比ではない。どうやってその額を調べればよいのだろうか。被災地でなくても、金庫やタンス、床下などに蓄蔵され、市中銀行に戻らず「死に金」になっている紙幣が大量にあるはずだ。これらは「現金」ではあるが、“貨幣”と言えるのか。

表2の通り、この国の貨幣流通速度は下がり続けている。直接の因果関係はわからないが、流動資産に占める公債の割合と負の相関があるかのように、貨幣流通速度が下がっている。正に「カネは天下の溜りもの」になっている。

【表2】貨幣流通速度と公債残高

(内閣府・財務省公表資料より筆者編集)

※マネー量は月平均残高。1979年以前はマネーサプライ統計におけるM2。1980~2002年はマネーサプライ統計のM2+CD。2003年以降はマネーストック統計のM2。

日本銀行は長期国債の保有高を銀行券の発行残高に未満に抑えるという「日銀ルール」を維持しているが、このルールの是非はともかく、そもそも「発行銀行券」の残高の意味自体を問い直す必要はないか。額がどのくらいかはわからないが、少なくとも日銀券の一部は消失または死蔵され、貨幣として流通していない。その額は本来「マネーストック」に含めるべきではないはずだ。

それにしても、日本人はなぜこれだけの貨幣を貯め続けるのか。金利がつかない無記名債券を貯め続けるのはある種のビョーキではないか。現金にしても現預金にしても、一般人にとっては資産(バランスシートの借方)だが、日銀又は市中銀行の負債(バランスシートの貸方)が対になっている。つまり、貨幣が増えても世の中全体の純資産は増えないのだ。資産の収益還元価値が上がって儲かった気分になることはあるかもしれないが、それは単なるバブル。重要なのは貨幣の「量」ではなく、貨幣が動くことだ。

デフレとはある意味、なにもしないことの価値が相対的に上がることでもある。何もしなくても暮らせる隠居者やニートには暮らしやすい社会だが、生活のために何かをしなければならない勤労者には苦痛である。世の中に動いていない紙幣があるのなら、いっそのこと“諭吉先生”に使用期限を定めたらどうか。期限までに銀行に戻さなければ銀行が受取を拒否する、という政策を採ってみる。日銀はその時点で新紙幣の発行高だけを計測し、旧紙幣の負債残高はゼロにしてしまう。貨幣流通速度が急加速し、デフレが一気に解消するかもしれない。もちろん、それで経済成長するとは思わないが。

伊東 良平
不動産鑑定士