理解の遅い子はダイヤの原石かもしれない

高橋 正人

学生の頃、塾の講師や家庭教師のアルバイトをした際に、「理解能力が高いのに、学校の成績は良くない」という不思議な生徒が一定の割合で存在することに気がついた。

1.謎の成績低迷
一例として、私が家庭教師を務めたA君(当時中学2年生)のエピソードを紹介する。

家庭教師を引き受けた際、A君の通知表を見たところ、5段階評価で「2」が多く、総合すると「下の中」といった成績だった。簡単にテストをしてみたところ、中学1年生の初期で習う分野から理解が曖昧だった。例えば、数学では文字式を理解できていなかった。


当時、「A君の成績を上げるのは大変そうだな」と、悲観的な気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。

しかし、指導を始めて数週間が過ぎた頃、良い意味でA君に驚かされた。時間を掛けて教えてあげれば、実に良く理解してくれるのである。平均的な生徒と比べると理解するスピードはゆっくりだが、能力的に劣っているという感じではなく、本当に理解したと自分が納得できるまで考えたいタイプの生徒だった。しかも、一度理解した内容は、他者(私)に対してわかりやすく説明することができたし、時には鋭い質問を私に浴びせてくることもあった。

理解力は高いのに、なぜA君の学校の成績は悪かったのか。

2.成績が悪い理由
どうも学校の授業・評価の仕方が合わなかったようだ。

例えば、A君の数学の教師は、

・ランダムに生徒を指名しながら授業を進める
・毎回、授業の終わりに理解度を確認する小テストを実施する

といった方針で授業を行っていた。

生徒の集中力を維持するためには良いシステムのように思えるが、理解するまでに一定の猶予が欲しいA君は、

・いつ指名されるかと緊張してしまい、落ち着いて考えられない
・その結果、授業内容を十分に消化できなくなる
・消化不良だから、小テストの点数が悪くなる
・「自分は頭が悪いのではないか」と自信をなくす

という悪循環に陥ってしまった。特に、理解するまでに時間を要するA君にとって、授業の直後にテストをされるのは本当に大きなプレッシャーになっていた。

幸いなことに、1年程度の指導を経て、A君の成績は爆発的に良くなった。独習した範囲が学校の授業ペースを超え、心に余裕を持って授業を聞けるようになったため、上記の悪循環を断ち切ることができたのだ。

A君が特殊な事例だったわけではない。他にも、理解する力は高いのに、少々時間が掛かるために成績が悪いという子が何人かいた。そういった子は、一度理解さえすれば、理解の深さはかなり上位に到達していることが多く、もったいないと何度も思ったものだ。

3.埋もれた才能
我々の社会では、子どもの能力を判断する際、理解するスピードに評価の軸が偏っていないだろうか。確かに、教師の側から見ると、その場ですぐに理解してくれる生徒だけが優秀に見えるのは仕方のない面もある。しかし、それでは、「スピードは出ないが、深く考えることができる」という才能が埋もれてしまう。

上の表は、人の思考能力を理解のスピード(速い、遅い)と質(深い、浅い)の2つの軸に分けて考えたものである。

評価の軸としてスピードを重視すると、赤線内(「(1)速い、深い」及び「(2)速い、浅い」)の生徒が「頭がよい、優秀」と思われることになる。一方、「(3)遅い、深い」と「(4)遅い、浅い」の層はまとめて劣等生として扱われる可能性がある。

しかし、人とは違ったユニークな洞察や新しい価値を生み出すためには、思考の深さが欠かせない。既存の知識を効率よく吸収できる(=スピードが速い)だけでは駄目なのだ。もちろん、「(1)速い、深い」のが理想ではあるが、「(3)遅い、深い」子どもにも大きな可能性が秘められている。したがって、理解の深さという評価軸も重視して、「(3)遅い、深い」子にもスポットライトを当てることは極めて重要だ。

理解に時間の掛かる子の中に、ダイヤモンドの原石が紛れていることがある。

この春に大学院に進学するという報告をA君から受け、こんなことを改めて考えた。

高橋 正人(@mstakah