エンジニアも「個」の時代 - 『世界で勝負する仕事術』

池田 信夫

世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記 (幻冬舎新書)
著者:竹内 健
販売元:幻冬舎
(2012-01-28)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


エルピーダメモリの破綻で、日本の半導体は全滅したと思っている向きもあるが、デバイスの分野では日本はまだ強い。中でも東芝が世界シェア35%以上を取っているフラッシュメモリは有望な分野である。著者は東芝でフラッシュメモリを世界で初めて開発した舛岡富士雄氏のもとで働き、東大に転じてからも一貫してフラッシュメモリを開発してきた。本書は、フラッシュメモリを通して見たこの20年の半導体産業の歴史である。

著者が東芝に入社した1993年には、フラッシュメモリは「お荷物部門」だった。DRAMのように記憶保持に電源を必要としないのは大きな優位性だったが、メモリを書き換えるのに高い電圧が必要で、実用化は困難とみられていた。研究所は閉鎖され、舛岡氏は東北大学に転出した。著者も冷遇されたが開発を続け、スタンフォード大学のビジネススクールに留学する。

しかしフラッシュメモリは、アップルがiPodに採用して一挙に花形商品になる。著者はその中心メンバーとして活躍するが、かつて彼を冷遇した幹部が「フラッシュメモリは俺が育てた」と言い出し、撤退したDRAM部門の技術者がフラッシュメモリ部門に横滑りして、著者の上司になる。競争に負けた部門の長がその責任も問われないで、年功序列で専門知識のない部門を指揮する人事に失望して、エンジニアが次々に辞めてゆく。著者も、東大から誘いを受けて転職する。

しかし大学には技術開発の資金がなく、それを製品化する道もない。エンジニア個人の技術力は高いのに、それを生かすインフラがないのだ。そして資金をもつ大企業の体質は古く、優秀なエンジニアは中国や台湾に引き抜かれてゆく。著者は技術をビジネスに生かすMOT(技術経営)を提唱しているが、その道は遠い。

印象的なのは、日本のエンジニアの技術力の高さと、それを生かせない(あるいは殺している)大企業の組織のちぐはぐさである。日本人が「集団主義」だという固定観念を捨て、「個」を生かすように組織も社会も変えないと、日本企業の地盤沈下は止まらないだろう。本書は著者の体験記の域を出ていないが、先端産業の実情を知る読み物としてはおもしろい。