「景気対策」をやめれば財政再建は簡単にできる --- 伊東 良平

アゴラ編集部

辻元さんがアゴラの記事「政治は論理を超えられない」の中で、

自己負担の増加 + 税負担の増加 > 23兆円(プライマリーバランス赤字額)

というわかりやすい数式を示された。「自己負担の増加+税負担の増加を一定以上にするために、自己負担と税負担の増加をどういう配分で行うのか、というところにしか、政治の出る幕のない」とは正にその通り。政治家が幾ら美辞麗句を並べても、目の前の現実を打出の小槌で解決することはできない。


しかし、この式の左辺は、すべての国民が等しく必要とする国の行政サービスを享受している、という前提を置いているのではないか、という意味で違和感を覚えた。なぜならば、この国の行政サービスには、本来国民が必要としていないものが多く含まれていると思えるからだ。そもそも国民が必要としていない行政サービスを国が提供しているとしたら、その部分(財政支出)が減っても国民の負担は増加しない。左辺の式は次のように書きかえられるべきであろう。

行政サービスの削減 + 税負担の増加 > 23兆円(プライマリーバランス赤字額)

【図1】税収・基礎的財政収支・社会保障給付等推移

図1は1990年度以降の国の一般会計予算の税収と基礎的財政収支(プライマリーバランス)、特別会計を含めた年金給付額と社会保障給付の額の推移を比較したものである。

国の税収の変化を見ると、長期で下落傾向にあり、年金給付額との相関係数は△84.9%で負相関が非常に強い。これに対して基礎的財政収支(国債の新規発行額から国債費を控除したものにほぼ等しい)の年金給付額の推移との相関係数は63.9%と決して高くはない。税収の名目GDPに対する比率を見ると、景気の波により上下しており、税収が経済規模とリンクしていないことが分かる。基礎的財政収支の赤字が増加しているのは景気後退期であり、その振幅は税収の減少幅よりも大きくなっている。

つまり、国の税収が減少傾向にある主因は、高齢化により働き手が減ったことにあり、財政悪化の主因は、人口の高齢化ではなく、意味があったのかなかったのかよくわからない「景気対策」という行政サービスのためだった、と言えるのではないか。

過去の政府の「景気対策」については2つ見方がある。一つは、これだけの財政支出を伴っても大きな効果はなかった、というもの。もう一つは、これだけの財政支出があったから、経済が沈まずに今のレベルにある(財政支出がなければもっと悪化していた)、というものである。医者から処方された薬を飲んでも健康にならなかった患者が、薬に効果がなかった(副作用があったかはともかく)と考えるか、薬を飲んだから病状が悪化せずに済んだ、と考えるかの違いであろう。景気後退期にはケインジアンとマネタリストの激しい議論が交わされる。この議論には、経済学者だけでなく政府の政策によって業績が大きく変化する業界の関係者も外野から参加(応援)する。

景気に左右されにくい消費税収の割合を高めたいという財政当局の考えは、税収の安定という観点からは理解できる。しかし、消費税率を上げるなら、「景気対策」のような無意味な行政サービスの削減にまず取り組むべきではないだろうか。これは「ムダの削減」などという程度では到底不可能な規模で必要になる。

仮に、日本政府が「日本の経済には責任を持ちません。国の仕事は、事務、調査・分析、警察、防衛、外交、教育に徹します。公共投資と文化・産業振興は地方でやってください。社会福祉は支援(給付/補助)だけするので事業は民間でやってください。」と宣言すれば、国の財政状態は一気に改善するだろう。

行政にムダがあるからムダの削減が必要なのではない。国民が政府に求める仕事が多すぎることが財政悪化の原因なのだ。歳出削減のためには、政府に今やっている仕事の大部分を止めてもらわなければならない。その覚悟ができていないのに増税に反対するのは理が通らない。

国は最終的な信用の供給者だから、国の借金をゼロにする必要はない。しかし、国の借金が物価上昇率(貨幣価値の減少率)以上のペースで(金利を含めて)増加する状況は持続不可能だ。歳出削減による財政再建も、財政破綻後の財政再建も、意思決定のプロセスが異なるだけで結果は同じである。重要なのは、個々の政策の意思決定に合理性と正当性があるか否かだ。

「この船は座礁する」と知った船長は、そのことをいつアナウンスすべきか。早すぎればパニックが起こるし、遅すぎれば大事故につながる。適切なタイミングでアナウンスしたとしても、「遅すぎた」「正確に真実を伝えたのか」といった批判は必ず起こる。

風雪地震など災害の多い国に住む日本人は、「パレート最適」という考え方は直感的に理解している。危機に際して協力する意識を自然に持っていると私は信じている。一方で、日本人には「言霊教」の信者が多く、災厄の可能性を声高に叫ぶ者は無条件に批判される。このためリーダーは、察知した危険を言葉にすることなく、水面下で問題に対処をしたがる。日本の財政問題は、誰が責任者になろうと簡単には解決できないと思うが、解決できなかった時に何が起こるのかを考え、個々人が生活防衛を図る必要はあるだろう。山口巌さんが訴えた「ダイエット」が必要なのは、政府ではなく国民自身なのだから。

伊東 良平
不動産コンサルタント