世代間格差と日本の統治システム

竹中 治堅

明治大学世代間政策研究所が編集した『20歳からの社会科』(日経プレミアシリーズ)がこの度出版された。本書は年金負担問題や教育問題など世代間格差の問題を議論する。問題を指摘するだけでなく、問題是正策、さらには政治全般に若年層の意見を反映させやすくするための制度改革についてまで踏み込んでいる。ここで指摘しておかなくてはならないことが一つある。政策改革や制度改革を考える上での参議院の重要性である。


世代間格差にかかわる問題のみならず、どんな政策、制度改革を実現しようとする場合にも前提となるのは我が国の統治システムであるということである。つまり、日本の統治システムの枠内であらゆる政策改革や制度改革は試みられなければならないのである。

結論から言えば、日本の統治システムは政策の実現に多くのハードルを設けている。さまざまな理由がある。ここでは一つだけ挙げたい。参議院の存在である。

日本の統治システムは一般に議院内閣制を採用していると考えられている。議院内閣制の最大の特徴は行政府が立法府の信任に依存していることである。すなわち内閣は議会の多数派によって形成され、不信任案可決という形で議会から支持を失ったことがはっきりした場合には総辞職か解散を迫られる。不信任案可決の場合以外にも解散が認められる国が多い。このため、議院内閣制の下では行政府と立法府が対立することによって国政が停滞することは避けられる。行政府と立法府の対立は内閣総辞職か解散によって解消されるからである。

民主主義のもとで議院内閣制と並んで広く統治システムとして採用されている大統領制の下ではこのような形で行政府と立法府の対立を解消することはできない。大統領も議会もそれぞれ一定期間の任期を保障されているからである。必ずしも広く理解されていないかもしれないが、議院内閣制の方が大統領制に比べ政策立案・形成過程は迅速に進むと考えられる。

ただ、日本の統治システムが純粋な議院内閣制よりも複雑である。そしてこのために政策立案・形成がより困難になっている。鍵は参議院の独特の地位にある。

日本は二院制を採用している。ただ、上記の議院内閣制の関係が成立するのは内閣と衆議院の間だけである。内閣と参議院の間にこの関係は成立しない。憲法の下、内閣が参議院の多数派から形成される仕組みはない。一方、参議院議員は任期6年を保障されており、解散されることはない。内閣から参議院は独立している。内閣と参議院の関係は議院内閣制のもとにおける行政府と立法府の関係よりもむしろ大統領制のもとにおける行政府と立法府のそれに近いのである。

参議院の権限が小さいものであれば、内閣と参議院がこのような関係であっても政策立案・形成が難しくなることはない。だが、参議院は強力な権限を持つ。

こう論じると、多くの方は衆議院が優越しているから問題は生じないのではないかと疑問に思われるかもしれない。確かに憲法上、衆議院は参議院に優越している。しかしながら、法律を制定する上ではこの優越は弱いものでしかなく、衆議院と参議院は実質的に同等の地位にある。したがって、内閣と参議院の間で意見が異なる場合に問題が生じることになる。参議院が特定の政策に反対する場合に政策の実現は困難となる。

特に近年は国会が「ねじれ」ー野党が参議院で過半数の議席を確保する状態になっており、与党と野党の考えを調整し政策を実現することが一層困難になることが多くなっている。

世代間格差を是正する政策・制度改革の実現を目指そうとする場合、これまで述べてきたように、我が国の統治システムが純粋な議院内閣制よりも政策の実現を難しくする性格を持っていることを考慮しなくてはならない。

竹中 治堅 政策研究大学院大学