ケタが上がった金融機関のマネーゲーム

藤沢 数希

大手投資銀行のJPモルガンがクレジット・デフォルト・スワップなどのポジションで20億ドル(約1600億円)の巨額の損失を出した問題で、FBI(アメリカ連邦捜査局)は、15日、捜査を開始した。この巨額損失は先週すでに発表されたもので、現時点では、筆者は違法性はなく、単に相場が外れただけだと考えている。しかし、今年はアメリカの大統領選を控えている。儲かった時は巨額のボーナスをポケットに入れて、損した時は政府に救済されるという、このウォール街のビジネス・モデルにアメリカ国民の怒りは頂点に達しており、些細な罪で、著名な銀行経営者を牢屋にぶち込み、マスコミの目の前で血祭りに上げたいところだろう。筆者も、そういったガス抜きは必要だし、「民意」を代表する政治家がそうしたいと思うのは、もっともなことだと考えている。


それにしても、またもや、たった数人の20代、30代のトレーダーと、経営者しか知らないようなポジションで、ポンと1600億円も損失を出した。1600億円というと、10万人単位の従業員がいる大企業が1年かけてやっと稼ぎだすような金額である。そして、さらに驚くことは、1600億円程度は些細なニュースで、おそらく1週間ほどで誰も気にしなくなるようなニュースだということだ。

つい去年は、UBSのトレーダーだったクウェク・アドボリ君(31歳)が、損失を取り戻そうと、隠しアカウントを自分で作って、巨大なポジションを取り、やはり1600億円ほどぶっ飛ばしてくれた。これはUBSの社内システムの隙を突いた犯罪だったわけだが。3年前には、ソシエテ・ジェネラルのジェローム・ケルビエル君(当時31歳)が、やはり隠しアカウントでトレードして、ひとりで8000億円もやってくれた。こちらはさすがに1週間で忘れされることはなく、2週間ぐらいは話題になった。

世界同時金融危機では、アメリカはAIGやシティ・バンクに70兆円ほどの公的資金を注入しており、もはや数千億円程度の金額は誤差の範囲だともいえる。リーマン・ブラザーズは負債総額64兆円以上の史上最大の破綻をした。世界同時金融危機に乗じて、サブプライム住宅ローン証券の空売りで大成功した、ヘッジファンド・マネジャーのジョン・ポールソンさんはひとりで1兆円ぐらい儲けた。同じく、住宅ローン証券の空売りで数千億円稼いだドイツ銀行のグレッグ・リップマン君は、ボーナスが50億円ぐらいしかもらえずに、怒って会社を辞めた。元NASDAQ会長の、マドフさんは、ネズミ講ファンドを運営して5兆円ほどの詐欺を働き、現在、服役中である。

ほんの10年ちょっと前の1999年に、ソロモン・ブラザーズ(現シティグループ)のスター・トレーダーだったジョン・メリウェザーとノーベル賞学者のマイロン・ショールズ、ロバート・マートンらが設立したヘッジファンドLTCMが派手に破綻した。この時は様々な金融機関が莫大な金額をLTCMに投資していたので、世界が金融危機に陥る寸前だった。しかし、この時にLTCMが失った金額は4000億円程度だ。今なら25歳の若者がひとりで失える金額である。LTCMの破綻でスイスの大手金融機関のUBSは800億円の損失を出したし、他にもメリルリンチや住友銀行などが大金を吹き飛ばしたが、せいぜい数百億円の世界だった。この10年あまりの間に、マネーゲームの金額のケタがふたつぐらい上がったのである。

景気が悪くなれば、すぐに金融緩和し、バブルが弾けたら、さらなる金融緩和で次のバブルを作る。日銀がやっていたゼロ金利政策は、今や世界中の中央銀行が行なっている。そして、日銀がはじめた量的緩和も、いまでは世界中で行われている。世界の中央銀行は、ゼロ金利になった後も、非伝統的資産を買いあさり、世界の金融マーケットにこれでもかとマネーを注ぎ込んでいる。こうやって、世界中にマネーをじゃぶじゃぶに供給していくことの副作用が、マネーゲームのインフレーションなのだろう。金融緩和でものごとを解決しようという安易な政策は、大きな副作用を伴うようだ。そして、問題を起こしたら税金で救済しなければいけない世界の金融機関は、ますます”Too big to fail“になっている。