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今年7月から実施される「再生可能エネルギー全量買取制度」で、経済産業省の「調達価格等算定委員会」は太陽光発電の買取価格を「1キロワット(kw)時あたり42円」という案を出し、6月1日までパブコメが募集される。これは、最近悪名高くなった電力会社の「総括原価方式」と同様、太陽光の電力事業会社の利ザヤを保証する制度である。この買取価格が適正であれば問題ないが、そうとは言えない状況が世界の太陽電池市場で起きている。
大手太陽電池メーカーの相次ぐ破綻
ドイツの太陽電池メーカー、Qセルズは今年4月に法的整理を申請する方針を明らかにした。Qセルズは「太陽光発電大国ドイツ」を象徴する企業で、2005年に株式を上場した後、2007年には日本のシャープを抜いて世界最大の太陽電池メーカーになった。
しかし、その後、主に中国メーカーの追い上げに苦しみ、2009年にはトップの座を明け渡した。財務内容も急激に悪化し、株式時価総額は2007年の約80億ユーロをピークに、過去1年間で約93%も減少した。また、Qセルズ破綻から時を空けずして米カリフォルニア州のソーラー・トラスト・オブ・アメリカも破産申請を発表。同社は出力100万kwの世界最大級のメガソーラー計画を進めていたが、資金繰りが続かなくなったことが破綻の原因である。
実は大手太陽電池メーカーの破綻は約半年前から急速に増えている。昨年8月には、米政府から5億2700万ドルの融資保証を受けていたソリンドラ(カリフォルニア州)が破綻し、スペクトラワット(ニューヨーク州)、エバーグリーン・ソーラー(マサチューセッツ州)なども経営に行き詰まり、BPソーラーは事業縮小を余儀なくされている。 ドイツでもQセルズ以外に、ソロン、ソーラー・ミレニアムなど、まさに破綻の連鎖が起きている。
太陽電池メーカーの連続破綻の背景に何があるのか。昨年11月15日付のコラム(ウォールストリートジャーナル日本版連載記事 リンクは尾崎弘之ホームページ)「米国でクリーンエネルギー低調の理由は『シェールガス革命』」でも書いたとおり、太陽電池の急激な値崩れと世界的な景気低迷によるクリーンエネルギーに対する公的な助成の減少が原因である。
すさまじい値崩れが続く太陽電池市場
まず、太陽光パネルのグローバル市場が急速にコモディティ化(成熟)し、すさまじい価格下落が起きていることが挙げられる。調査会社GTM リサーチによると、太陽光モジュール(パネルとほぼ同じ意味)の米国における現在の価格は、過去2年間で何と65%も値下がりしている。2011年1年間だけだと50%の値下がりである。これでは、メーカーはひとたまりもない。
太陽電池の価格下落は、コスト競争力で勝る中国企業が世界市場を席巻していることが原因だ。GTMリサーチの調査によると、2010年の世界市場における中国企業のシェアは58.5%に上る(欧州16.4%、日本10.5%)。2005年には日本のシェアが50%弱で、日米独のシェア合計が75%を超えていたことを考えると、まさに隔世の感がある。
中国勢はシェアを伸ばしているものの、彼らの実情も厳しい。現在、シェア世界トップのサンテックパワーの今年第1四半期の売上は前年同期比33.4%のマイナスで、純利益は9億9260万ドルという巨額の赤字と報道されている。急激な市場の値崩れはコスト競争力に勝る中国企業でさえ対処できない水準であることが分かる。
途上国で製造した安い太陽光パネルを販売してシェアを伸ばしたパネル販売世界3位の米国企業ファースト・ソーラーにも買収の噂が浮上する。フランスの石油大手トタルは、2011年5月に米サンパワーを約13億8000万ドルで買収したが、同様の再編や破産企業の再生がこれから目白押しになるだろう。
助成の減少と太陽光発電推進への批判
連続破綻が起きたもうひとつの要因は、クリーンエネルギーに対する公的な助成の減少である。先進国に共通する景気低迷により政府は補助金や減税を行う余裕がなくなっている。また、単なる財政状況の悪化以外に、太陽光発電に対する逆風となる事例が起きている。
米国では、主要企業の経営破綻がオバマ政権への責任追及に発展している。ソリンドラは「グリーン・ニューディール」(10年間でクリーンエネルギーに1500億ドル投資し、500万人の雇用を創出するという計画)に基づいて、政府から5億2700万ドルの融資保証を受けた。その保証決定プロセスで、オバマ政権が行政管理予算局(OMB)に圧力をかけたのではないかと議会で追及されている。
米国の超党派の連邦議員でつくる行政監視・改革委員会は、「オバマ政権のグリーンエネルギーの雇用創出プログラムは雇用一人生み出すのに15万7000ドルもの予算を費やした」などと、昨年から「グリーンエネルギー失政」と批判キャンペーンを続けており、その中で太陽光関連産業の支援の見直しの必要性を訴えている。オバマ大統領は2012年1月の一般教書演説で、再生可能エネルギーの拡大を訴えたが、その前途は多難だ。
ドイツでは、巨額の財政負担や電気料金値上げによる補助が行われてきたにもかかわらず、太陽光発電は利用率が低く、有効でないという批判が起きている。クリーンエネルギー助成の約60%が太陽光発電向けに使われているのに、全発電における比率はわずか3%に過ぎない。助成金がはるかに少ないバイオマスや風力発電の方が太陽光よりずっと比率が高いのである。
さらにドイツでは巨額の負担が問題になっている。ドイツの週刊誌シュピーゲルは「太陽光発電補助政策の落とし穴」という1月の記事で、太陽光発電のコスト(累計)が2000年から11年まで1000億ユーロ(10兆円)に達したのに、それに見合う効果は出ていないという議論がドイツで起こっていることを紹介。「PV補助政策はドイツ環境政策の歴史で最も高価な誤りになりうる」と指摘した。
さて、太陽電池市場の変化は、今年7月から導入される日本の「再生可能エネルギー全量買取制度」にどのような影響を与えるだろうか。
買取価格に太陽電池の値崩れを反映させるべき
まず、太陽電池の値崩れは太陽光発電のコスト算定に正しく反映されるべきである。つまり、電力会社が太陽光発電事業者から買取る電力の単価は、太陽電池の値下がりに応じて下がらなければならない。法律では、買取期間と買取単価は経済産業相が決定することになっているが、4月23日付日本経済新聞は、経済産業省の委員会は太陽光発電の買取価格を「1kw時あたり42円」に設定することで調整に入ったと報じている。
問題は、1kw時あたり42円の買取価格が適正かどうかである。結論からいうと、この水準は高過ぎる。新エネルギー財団によると、現在、住宅用太陽パネルの設置コストの主な内訳は太陽電池代が66%、付属機器代が19%、設置工事代が8.6%である。昨年7月に海江田経産相(当時)が出した40円前後の試算がいつのデータを基にしているか不明だが、太陽電池代は昨年から50%も値下がりしているのである。メガソーラーであれば、大量購入によって住宅用よりさらに安い単価で仕入れることができるし、付属機器や設置工事のコスト比率も当然下がる。1kwあたり20円台の試算も可能である。
参考のため、ドイツの太陽光発電システム価格(太陽電池、付属機器、設置工事を含んだ価格)も大きく値下がりしていることを付言する。100kw以下・屋上設置のシステム価格は、過去1年で約23%も値下がりし、3年前と比べると約50%の値下がりである。また、フィードイン・タリフ(FIT:電力会社が発電事業者や家庭からクリーンエネルギーを買取る制度)の買取価格を見ても、1000kw以上、屋上設置の場合、3年間で51%も引き下げられている(いずれもドイツ太陽エネルギー産業会による)。
日本で昨年8月に成立した法律を見ると、「買取期間・価格は施行3年後に見直し」、「当初3年間は発電事業者の利潤に特に配慮する」と書かれている。何やら気になる条文である。発電事業者(メガソーラーなどを設置する企業)が過剰な利益を得ることにはならないか。買取価格の決定にはかなりの透明性が要求される。
この点が軽視されると、2010年7月5日付の当コラム「誰が『太陽光発電バブル』を崩壊させたのか?」(WSJサイト、有料)で書いたように、太陽光バブルを作って、財政を悪化させるだけになりかねない。また、これだけ太陽電池市場が激変しているので、3年間ではなく、もっと短期間での柔軟な条件変更が必要である。最近のドイツのFITは3カ月から半年で条件改訂が行われている。
全量買取制度はもはや時代遅れか
ドイツの制度を見ると、FIT(日本の全量買取制度もこの一種)は今や存在意義がなくなりつつあることが分かる。ドイツがFITを推進した2000年代前半は太陽電池の価格も今よりはるかに高く、FITが整備されていないと、クリーンエネルギーなど普及しようがなかった。ところが、今は全く状況が違う。全量買取制度は急速に時代遅れになりつつあるのかもしれない。
前出のシュピーゲル誌に書かれているとおり、稼働率(効率性)が低い太陽光発電は推進するべきでないと評価されているのである。これに対して、風力と水力の効率性は各々、太陽光の5倍、6倍と指摘されている。ただ、日本の全量買取制度は確実に、太陽光に助成金を集中させる。それではドイツの失敗から何も学んでいないことになる。
最後に付け加えると、太陽光発電のコストが下がって、FITなどの優遇策なしで普及する状態を「グリッドパリティ」というが、現状がそうなっているかどうかの判断には、原子力・火力の発電コストが影響する。
「太陽光発電コスト≦原子力・火力発電コスト」になれば、グリッドパリティ達成だが、この等式には太陽電池の価格以外に、原油・天然ガス価格、原子炉廃炉費用などが複雑に絡む。この点からも、全量買取制度は柔軟に運用されなければならないのだ。
尾崎弘之(おざき・ひろゆき)東京工科大学大学院教授。(略歴)専門は環境ビジネス、金融市場論、ベンチャー企業経営論、バイオビジネス・マネジメント。近著に『環境ビジネス5つの誤解』(日経プレミアシリーズ)『出世力-なぜあなたの頑張りが認められないのか』(集英社インターナショナル)など。