著者:孫崎 享
販売元:創元社
(2012-07-24)
★★☆☆☆
著者は元外交官だが、「アメリカ陰謀論者」として知られる。本書も「戦後の日本の外交・経済政策はすべてアメリカの陰謀で決まり、それに逆らった首相はすべて失脚した」というトンデモ史観だが、終戦直後については当たっている部分もある。対米従属に徹した吉田茂が長期政権を維持した一方、GHQに抵抗した片山哲や芦田均などの政権は短命に終わった。しかしこれは占領時代なのだから、ある意味では当然だ。
安保条約の本当の目的は、条約そのものより同時に締結された日米行政協定(現在の地位協定)にあったという。これは日本国内の基地を米軍が自由に使用でき、日本が撤退を求めても撤退しなくてよいこと、米兵の裁判は米軍が行なうことなどを定めた協定で、その米軍の権益を守るのが安保条約だった。最初の条約は米軍の駐留を認める一方で日本を防衛する義務のない不平等条約だったが、それを改正したのが1960年の新安保条約である。
著者は、安保を改正した「自主独立派」の岸信介が反政府デモで退陣したのはアメリカの陰謀だというが、この理論は残念ながら、岸がCIAから多額の資金援助を受けた工作員だったという事実と矛盾する。ロッキード事件が日中国交を進めた田中角栄を倒すアメリカの陰謀だったという話も、逆にCIAの失敗だったことがCIA文書で明らかにされている。CIAが日本の政権をあやつろうとしたことは事実だが、彼らは著者の信じているほど全知全能ではないのだ。
それ以降の話に至っては支離滅裂な憶測ばかりで、特に著者が経済政策を理解していないのは重症だ。対米従属派の筆頭とされる小泉純一郎氏の行なった郵政民営化は「ゆうちょ銀行に米国債を買わせるためだった」というが、同じページに「ゆうちょ銀行の資金運用の8割は日本国債」と自分で書いている(p.349)。TPPもアメリカの陰謀だというが、私が去年、討論会で「陰謀をめぐらしている具体的な根拠を示せ」と言ったら著者は何も答えられなかった。実際にはオバマ政権はTPPを無視しており、議会は日本の参加に難色を示している。
しかし著者の陰謀史観は、一面の真理を含んでいる。戦後の自民党政権も官僚機構も財界も、対米従属だったことは事実である。特に80年代までは、外圧で政治が動くことが多かった。しかし例えば日米構造協議でアメリカの外圧と見えたのは、通産省がUSTRに垂れ込んだ話だった。日本の官僚機構は、大きな変化の梃子にアメリカの力を利用してきたのだ。自民党にはろくな経済政策がなかったが、アメリカの言う通りやっていれば大きな間違いはなかった。
90年代以降、日本の政治が迷走し始めた一つの原因は、冷戦が終わって日本が戦略的重要性を失い、アメリカが関心をもたなくなったからだろう。自民党政権の最高意思決定は実質的にワシントンで行なわれていたが、民主党政権はそれを自前でやろうとして大失敗した。日本は戦後67年たってもまだアメリカから独立できないという著者の主張は、ある意味で正しいが、それはアメリカが中枢機能を欠いた日本の政治の「実質的な中心」として機能していたからなのだ。