放射線リスクのトレードオフ

池田 信夫

政府のやっている「原発比率」の議論にはまったく意味がない。政府が決めるべきなのは、市場経済で効率的なエネルギーが選ばれるようにする制度設計であって、その結果ではない。政府が結果を決めるのは統制経済である。今もっとも緊急の問題は、16万人の被災者を早急に帰宅させるために線量基準を見直すことだ。


放射線リスクについては多くの議論があるが、科学的には100mSv以下では統計的に有意なりスクはないということで大方の意見が一致している。これ以下でもリスクはゼロではないので、ICRPは現存被曝状況で1~20mSvという参考レベルを示しているが、これには法的拘束力はないので、政府は科学者の意見を結集して基準を見直し、早急に避難指示を解除すべきだ。

その場合に注意すべきなのは、リスクは1か0かではないということだ。リスクとは定義によって不確実な事象なので、ある確率で分布している。放射線リスクが100mSv以下でどうなっているかは不明だが、ICRPは慎重を期して0まで線形に分布していると仮定している。それを基準にして、リスクをどう最適化するかを考えると、おなじみのポートフォリオ選択のようになる。


リスクが線量に比例すると仮定して、図の45度線のように描くと、これが社会的選択の予算制約で、線量を上げるほどリスクが上がるが帰宅できる人が増えるというトレードオフがある。この中で効率的フロンティア(社会的効用関数)が図のように上に凸になっているとすると、最適な線量は両者の接するxで示される。100mSv以下のリスクは受動喫煙以下だから、xを決める基準もタバコを禁止するかどうかと同じだ。つまり帰宅を禁止するメリットがそのコストより限界的に大きいかどうかである。

今のまま全面的に帰宅を禁止し続けると、双葉町のように「全域を帰還困難区域にして補償してほしい」という要求が強まり、広範囲の地域が使用不可能になる。これによって生じる社会的コストは数兆円の桁だが、そのメリットは何もない。政府は20mSvを避難指示解除の基準にしているのだから、除染も同じ線量を基準にするのが当然だ。帰還困難区域の基準を50mSvにするのも科学的根拠がない。ICRP勧告を基準にすると、100mSv以上を指定するのが妥当だろう。

リスクをゼロにすることはできないし、する必要もない。放射線のリスクだけが特別に大きいわけでもないので、政府はタバコや交通事故と同じように線量基準を最適化すべきだ。