水準と変化(変分、変化率)、統計用語でいえば期待値と標準偏差(分散)、というは、全く別の話だが、しばしば混同されがちである。例えば、高度成長期が終わって1980年代に低成長に移行した際には、低成長といわずに、「安定成長」という表現が使われた。しかし、安定というのは変化が小さいということで、水準が低いということではない。皮肉なことに、産業ごとの成長率のばらつきは、1980年に以降の方がそれ以前よりも、むしろ増大している。
経済が低迷しているというときも、それが本来の実力(自然水準)よりも下振れしているということなのか、本来の実力そのものが低下してきているということなのか、そのいずれであるのかは、決定的に重要な話であるはずである。にもかかわらず、なかなかそうした区別に自覚的なかたちで議論が行われることは少ない。インフレ目標についても、それが新聞の見出しでは「物価目標」と書かれたりすると、やはり水準と変化の区別が見失われがちになっているように危惧される。
少なくとも「インフレ目標(Inflation Targeting)」と「物価水準目標(Price Level Targeting)」というのは、別の話なので、ご参考までに、ちょっと説明しておきたい。
前期(t=0)の時点で、インフレ率2%(ここでは、かりに2%が物価安定と両立する望ましいインフレ率であるとする)が続いていた状態から逸脱して、デフレに陥り、現在(t=1)に至ったとする。このときに、現在から来期(t=2)にかけて再び2%のインフレ率を目指すのがインフレ目標である。次の図を参照(縦軸は、対数目盛だと理解されたい)。
これに対して物価水準目標というのは、現在から来期(t=2)にかけて「本来のインフレ率2%が続いていたとしたときの物価水準」への復帰を目指すもので、復帰するまでは2%を上回る(この場合には4%強の)物価上昇を許容することを意味している(復帰後は、2%を目指すことになる)。次の図を参照。
要するに、物価水準目標の方がある意味「過激」なのだが、物価水準といわれても、一般には理解しにくいということで、実務的には支持されることは少ない。でも、自民党の安倍総裁は、(2%では低く、3%目指すべきだといっているが、恒久的に3%が望ましいということではなければ)実際上は物価水準目標を提唱しているということになるのかもしれない。
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池尾 和人@kazikeo