Facebookが掲載した求人広告に新聞業界が密かに警戒を募らせつつある。
LinkedInに英語の広告が掲載されたのは11月5日。SMB(中小企業)向け事業のマネジャーを募集している。大手新聞出身のメディア評論家が運営するブログ「DON」で邦訳を閲覧できるが、東京勤務という職務内容の筆頭が、「フェイスブックのソリューションにとって必要なサービスや買収を見積もり、新しい提携先を見つけ、話をつけていく」。
応募条件として、6年以上のマーケティング、コンサルティング、提携管理業務(特にオンライン・マーケティング業界)販売経験を掲げており、中小企業に対し、広告やマーケティングのツールとしてFBを提案する営業職だ。米国での上場後の株価低落でFBは投資家からの圧力は強まっており、日本国内の中小企業の広告市場奪取は本気だろう。今月中旬には、都内で開かれた大手新聞社や新聞業界団体の勉強会でFBの動向が問題提起されたと聞く。
新聞業界が神経をとがらせても無理はない。私が新聞記者として駆け出しだった頃(2000年度)は、総売上高に占める広告収入は9,012億円だったのが、退職後の11年度は4,403億円と半減した(数字は日本新聞協会調べ)。電通が算出した新聞広告費は09年以降、インターネット広告費を下回る。
ヤフーやグーグルといった有力ネット企業が強力な競合となる中、今度はFBが中小向け広告市場に攻勢を強めようとしているのだ。いまやFBの国内ユーザー数は約1,635万人(セレージャテクノロジー調べ)。利用者規模でいえばマスメディアと同等の情報インフラであり、新聞広告にとって新たな「難敵」であろう。
さらに新たな脅威もある。スマートフォン向け無料通話アプリ「LINE」の新規事業だ。ユーザー数は日本国内で約3,500万人、世界で約7,500万人を超える急成長が続く中、運営会社のNHNジャパンが「LINE@(ラインアット)」という中小企業向けのアカウントサービスを開始する(12年11月19日・日本経済新聞)。
報道によると、従来、大企業や有名タレントなどに限っていた商用利用(月額800万円以上)を、中小企業や小規模店舗にも拡大するという。LINEの商用サービスは、スマホ画面に目立つように表示(プッシュ型通知)、大手牛丼チェーン店などでは集客力の高さが評価を受け、大手コンビニはアカウント設置から数日で100万人のフォロワーを集めた。それが個人経営の飲食店や花屋でも、月額5,250円からの低価格で、「メッセージやクーポン、キャンペーン情報などを一斉配信できる」(12年11月19日・CNET JAPAN)となれば、小さな会社や個人店舗が雪崩を打ってアカウント開設に走る可能性もある。
日経の井上理記者の取材に対し、LINEの事業責任者で、NHNジャパンの舛田淳・執行役員は、「LINE@」の競合にタウンサービスを挙げる。
しかし全国紙でも屈指のIT業界通である井上記者が、恐らく敢えて書いていない競合がもうひとつある。新聞販売店の折込チラシだ。
販売店の多くが購読料収入だけでは苦しく、新聞紙面に広告を出稿しない、配達管内にある街場の店舗や小さな会社の折込み広告が貴重な「収入源」と言われる。ある折込みチラシ広告制作会社の料金表(首都圏)で計算すると、B4で両面フルカラーを1万部発注で3万数千円。さらに1枚3~4円の折込手数料がかかる。
一方、「LINE@」はフォロワー数が最大1万で5,250円から。新聞を購読しない若者向けの衣料店等は食指を動かすのではないか。全国紙でも経営体力の弱い毎日新聞あたりは販売店を支援する余力は乏しいだけに「LINE@」の動向は、注視せざるを得ないはずだ。
筆者は新聞業界に決して悪意を持って危機を煽っているのではない。むしろライターとして育てていただいた恩義があるので今直言しておくのだ。勿論、FBの中小企業向け広告にしろ、「LINE@」にしろ、新聞広告や折込チラシに与える影響は現段階で未知数ではあるが、各新聞社とも経営陣にLINEもFBも使ったことがない方も少なくない中、あらゆる可能性を考慮していただきたいのだ。
「LINE@」は「オンライン・ツー・オフライン」(O2O)の標準インフラを狙っている。新聞販売店の場合、同じ“O2O”でも「オフライン・ツー・オフライン」で対抗できる。
記者時代、事件取材で販売店の方々に助けられ、地元に張り巡らした情報網や人脈に何度舌を巻いたことだろう。高齢化する郊外では独居老人の御用聞きもいいだろうし、都市部の高級住宅街では、美女だけが勤務するカフェ付き販売店があっても面白いではないか。既成概念にとらわれず、地域に根差したリソースを活用したサービスの事業化を目指したい。(了)
新田 哲史(にった てつじ)
メディアストラテジスト