デフレの正体はITだ - 『機械との競争』

池田 信夫

機械との競争 [単行本]
著者:エリク・ブリニョルフソン(MITスローンスクール経済学教授)
出版: 日経BP社
★★★☆☆


日銀の総裁・副総裁の候補にリフレ派が選ばれたが、彼らの根本的な勘違いは、デフレは貨幣的現象だという思い込みだ。吉川洋氏が示すように、デフレの最大の原因は名目賃金の低下という実物的現象なので、日銀がいくら金を配っても止まらない。

では賃金が低下しているのは、なぜだろうか。吉川氏があげるのは新興国からの低価格の輸入品との競争だが、もう一つ重要な原因がある。それが本書のテーマであるIT技術革新だ。この大筋は拙著『ムーアの法則が世界を変える』にも書いたが、要するにITが加速度的に発達して人間の労働を置きかえるため、つねに過剰雇用が生まれるという話で、さほど新しい議論ではない。

問題は、これにどう対応すべきかである。それはひとことでいえば、コンピュータで置きかえられない仕事に労働者を移動することだが、そういう仕事は2種類しかない。クリエイティブな仕事肉体労働である。だからこうした仕事の賃金が相対的に高まる一方、コンピュータで置きかえられる事務職の賃金は下がる。それに合わせた「組織革新」が必要だというのが、著者の提言である。

日本でデフレが続いているのは、こうした組織革新を拒否して、価値のなくなった事務職を大量に抱え込んでいるためだ。これによって企業収益は低下するが、彼らをレイオフできないため、みんなで賃金を下げて辛抱する結果、毎年1%ずつ賃金が下がるという世界に例のない現象が20年近く続いている。これが日本だけデフレになる原因だ。

他方、福祉や介護の現場では慢性的な人手不足に悩んでいる。つまりデフレの根本原因は需要不足ではなく、部門間における需給のミスマッチなのだ。これがGDPギャップが過大に出る原因である。内閣府の統計では、潜在GDPを古い産業にしがみついている労働者の数で計算しているので供給能力はもっと低く、実質的なGDPギャップはほとんどない。

本書の内容は常識的だが、この程度の常識もない首相が「日銀が輪転機をぐるぐる回してデフレ脱却」などと叫んでいる国には必要な本だろう。装幀は斬新だが、175ページの本の束を出すためにゴワゴワの紙で製本してあって読みにくい。