【解説】
世界保健機関(WHO)は2月28日、東京電力福島第一原子力発電所事故で放出された放射性物質による健康影響の評価を発表した。そのニュースリリース「Global report on Fukushima nuclear accident details health risks」(福島原発事故の健康リスクの国際報告)を翻訳して紹介する。
このリリースの結論は、がん患者の増加などの健康被害は、福島の住民の間で起きる可能性は少ないというものだ。またがんリスクの向上のため、検診の強化を推奨している。しかし、このリリースは、福島でがんが増えるという誤解を招きかねない表現があり、一部メディアでは誤った報道をしているので、正確な内容をここで示す。
後述のリリースでは、がんの増加の可能性が「幼児期に被曝した女性について4%増」などと数字で示され、また「甲状腺がん:乳幼児として被曝した女性について70%以内の増加のリスク」と書いてある。これは発がん率が住民の70%になるという意味ではなく、「通常予測される甲状腺がんのリスクは0.75%であり、最も影響を受けた場所の乳幼児として被曝した女性の付加的な生涯の危険が0.5%ポイント増えて1.25%になる」という意味である。
この推定は、本文によれば「LNT仮説にもとづくきわめて保守的な推定」であり、具体的には次のような仮定を置いている。報告書本文から引用する。
it was assumed that relocation in the “deliberate evacuation area” took place at 4 months although the inhabitants of this area were subjected to relocation at different times earlier than this. It was also assumed that all the food monitored was on the market although the data set included the results of food samples that were collected for monitoring purposes and were not allowed on the market. (p.38)
(下線部は編集部)
つまり(現実には事故直後に全員避難した)計画避難区域に4ヶ月住み続け、(現実には販売禁止された)被災地の農産物を食べ続けたという事実に反する条件を置いているのだ。しかもこの条件はリリースや要旨には書かれておらず、本文の非常に分かりにくいところに書かれている。
LNT仮説がこのような低線量では適用できないことは、多くのデータで証明されている。したがってWHOのありえない条件でも固形がんのリスクが(統計的に有意でない)4%しか増えないというデータは、現実にはがんのリスクは増えないことを最終的に明らかにしたものだ。
報道によれば日本政府は「線量推計の仮定が実際とかけ離れている。この報告書は未来予想図ではない。この確率で絶対にがんになるとは思わないでほしい」と反論している。この見解は妥当であろう。
【ニュースリリース本文の和訳】
福島原発事故の健康リスクの国際報告
(2013年2月28日、ジュネーヴ)日本の福島第一原子力発電所(以下、福島原発)災害に関連した健康リスクの国際的な専門家らによる包括的評価は、日本内外の一般住民への予測されるリスクは低く、識別できる自然発症率以上の発がん率の増加は予想されない、と結論づけた。
専門家らは、福島県、それ以外の日本、そして残りの世界の一般住民に加え、緊急事態対応中に被曝した可能性のある原発および緊急作業員のリスクを評価した。
WHOの公衆衛生・環境部門ディレクターのマリア・ネイラ博士はいう。「年齢、性別および原子力発電所への近接度に基づくデータの分析が示す事は、最も汚染された場所にいる人々で、より高い発がんリスクを示しています。しかし、それ以外の場所では、福島県内であっても、識別できる発がん率の増加は予想されません」。
特定のがんに関して、最も汚染された場所の人々への、通常予想されるよりも増加した推定される上昇リスクは以下の通り。
●全ての固形がん:乳幼児として被曝した女性についておよそ4%
●乳がん:乳幼児として被曝した女性についておよそ6%
●白血病:乳幼児として被曝した男性についておよそ7%
●甲状腺がん:乳幼児として被曝した女性について70%以内の増加のリスク(生涯にわたる女性通常予測される甲状腺がんのリスクは、0.75%であり、最も影響を受けた場所の乳幼児として被曝した女性の付加的な生涯の危険は、0.50%。)
福島県内の2番目に汚染度の高い場所の人々に予測されるリスクは、最も高い場所と比較し、そのほぼ2分の1である。
(GEPR編集部注・この文章での一番汚染された区域とは、福島県大熊町や飯館村の一部に設定された帰還困難区域、二番目に汚染された区域とは居住制限区域のことと思われる。またこの推計が、極端な仮定に基づくものであることは前述の解説を参照。)
報告書にはさらに、福島原発内の緊急作業員の特殊ケースについて言及したセクションがある。緊急作業員のおよそ3分の2が一般住民に則した発がんリスクが推定される一方、3分の1は発がんリスクが上昇したと推定される。
およそ200ページのこの文書はさらに、被害を受けた原子力発電所からの放射線量により、事故後に誕生した乳児への流産、死産およびその他の心身状態への影響の発生率の増加は予想されないと述べている。
「WHOの報告書は、高まったリスクの人々への長期的な健康モニタリングとともに、充分な医療の経過観察や支援サービスの必要性を強調しています。これは、今後何十年もこの災害の公衆衛生対応の重要な要素でありつづけるでしょう」とネイラ博士は言う
「医療サポートおよびサービスの強化に加え、既存の規制施行に裏打ちされた特に食物と水道供給の継続的な環境モニタリングが将来の潜在的な放射線被曝の縮小には必要です。」とWHOの食品安全・人獣共通感染症部門代行ディレクターのアンジェリカ・トゥリチャー博士は述べた。
報告書は、住民への直接的な健康への影響と共に社会心理的影響がその健康と福祉に影響を与えるかもしれないとも述べている。専門家らは、これらは全体的な対応の一部として無視されるべきでない、と言う。
これは福島原発事故後の放射線被曝による世界的な健康への影響についての初の分析で、WHO主導の2年に渡る推定被曝量およびその潜在的な健康への影響調査の分析結果である。独立した線科学放射線リスクモデリング、疫学、線量測定、放射能の影響や公衆衛生といった分野の専門家からなる。(了)