「シェール革命」の夢と現実

池田 信夫

日本のエネルギー政策が原発事故で思考停止しているうちに、世界のエネルギー産業では70年代の石油危機以来の激変が起こっている。エネルギー輸入国だったアメリカは、「シェール革命」によって天然ガスの輸出国になるばかりでなく、シェールオイルで2020年には世界最大の産油国になる、とIEAは予測している。オバマ米大統領は今年の一般教書演説で「アメリカは今後100年分の天然ガスを国内で自給できる」と宣言した。


これはエネルギー産業だけでなく、世界の政治経済に大きな影響をもたらす。最大の変化は、アメリカが「世界の警察」になるインセンティブを失うことである。シェール革命が実現すれば、アメリカのエネルギー自給率は100%以上になり、中東の地政学的な重要性は格段に落ちる。もちろん石油メジャーは中東に数多くの拠点をもっているので、それを守る軍事力は保持するだろうが、孤立主義が強まる可能性もある。

エネルギー価格が下がれば、空洞化する一方だったアメリカの製造業も、エネルギー集約的な重化学工業は国内に回帰するかもしれない。オバマ大統領の掲げる「製造業の復活」が実現すれば、貿易赤字が減ってドル高の傾向が強まる。他方、中国は資源輸出国から輸入国に転落し、ロシアはパイプラインを敷設して中国へ天然ガスを供給しようとしている。

原子力開発の行き詰まった日本では、ガスタービンが有力な発電技術になる。今は中東からのLNG輸入に頼っているため、15ドル(100万BTU)というアメリカの5倍の価格で買わされているが、シェールガスの価格は大幅に低下しているため、アメリカから輸入できるようになれば、8~10ドル程度に下がる見込みもあるという。ただアメリカはシェールガスの輸出をFTA(自由貿易協定)の締結国に限っているため、輸入するためにはTPPへの参加が不可欠の条件だ。

シェール革命は、これまで世界の天然ガス市場を独占してきたロシアの地位をおびやかしている。プーチン大統領はパイプラインをアジアに延長し、日本まで延長する構想を持ちかけているという。これは過去にも通産省がエクソンモービルなどと計画したが、政治的圧力でつぶされた経緯があり、安倍政権の指導力が問われよう。

シェール革命の唯一の弱点は、環境問題である。特に地下1000m以上の岩床を化学物質を含んだ高圧の水で破砕するフラクチャリングと呼ばれる掘削技術は、地下水を汚染するという批判が強く、フランスやブルガリアでは禁止されている。また石炭の半分程度とはいえCO2を出すことには変わりなく、高率の炭素税がかけられると、原子力のほうが有利になるかもしれない。

このように世界のエネルギー産業はシェール革命で激変しており、
 ・エネルギー価格
 ・埋蔵量と供給の安定性
 ・地政学的な要因
 ・環境問題
という複雑な連立方程式を解く必要がある。安倍政権は、求心力のあるうちにまず原発を再稼働してエネルギー供給を安定化し、その上でこうした長期のエネルギー戦略を考える必要があろう。

本書はこうした業界の最新情報をまとめているが、最後に「原発に依存しない社会」やら「クリーンエネルギー」などというシェール革命と無関係な話題が出てくるのは台なしだ。