突然中国東部に発生した謎の鳥インフルエンザ、H7N9 --- 外岡 立人

アゴラ

本年3月31日、中国政府は突然、新規鳥インフルエンザで感染者と死者がでたことを発表した。それは新華社通信を経て世界に広まり、世界の専門家の間ではパンデミックの再来を予見させる事態となった。


■現在までの状況

上海の保健当局の発表は、これまで人に感染したことのない鳥インフルエンザ、H7N9型で上海で2人が死亡したということだった。

2月下旬に87歳と27歳の男性が発病し、3月上旬に両者は死亡した。ウイルスはH7N9型鳥インフルエンザであることが、中国CDC(疾病管理センター)から2週間後に発表されたとされる。

また安徽省(あんきしょう)では女性が3月上旬に発病して、危篤状態ということも発表された。

3人は発熱と咳で発病し、その後重症肺炎に発展した。

3人がどのようにして感染したか不明とされるが、周辺の濃厚接触者88人からは発病者は出ていないとされた。

安徽省は上海の西側に位置している。

続いて江蘇省でも3月中旬以後4人が発病、重篤化し、4月上旬段階で回復の兆しがないと同省保健局から発表された。
いずれも報道は国営新華社通信を介して行われた。

そして以後、上海、浙江省、江蘇省、安徽省で、感染者と死亡者が次々と報告された。

3月中は、上海を中心とした中国東部地区に限られていた感染者は4月13日には北京で、14日には河南省で確認され、H7N9鳥インフルエンザは中国内に拡大する気配を見せ始めている(図)。

■これまでの知見

次に、H7N9鳥インフルエンザについて、これまでの知見をまとめる。

・H7N9鳥インフルエンザウイルスは元来鳥に対しては弱毒性で、家禽に感染しても強い病原性はもっていない。ほとんど無症状とされる。また人への感染例は過去にない。

・中国内でH7N9鳥インフルエンザが家禽の間で流行していたという報告はこれまでない。しかし弱毒性のため無症状であった可能性があるが、中国農業省の発表では上海を中心としたH7N9ウイルス感染が見つかった地域で、家禽農家、野鳥、ブタなどで調査を行ったが、ウイルスは検出されなかったという。

・患者周辺からの発病者は、上海の死亡例の息子2名が肺炎となり、1人が死亡している。これらの例のウイルス検査はされていないようで、上海当局は人から人への感染はないと発表し、当初はWHOもそのようにコメントしていた。しかしその後上記家族例が問題視されており、H7N9ウイルスの人人感染が全く否定できなくなっている。さらに13日に、やはり上海で感染して死亡した女性の夫が発病したことが報じられている。同じ感染源からウイルス感染をうけたのか、それとも妻から感染を受けたのかは判断できないと、当局では発表している。

・中国東部地域という一定地域(図参照)に突然弱毒性鳥インフルエンザに感染して死亡する人が相次いだ事実は、ウイルス感染源について色々な憶測を呼んでいる。

a) ブタの体内でH7N9ウイルスが変異して人に感染しやすくなっていたとの仮説。遺伝子分析では3種類の鳥インフルエンザウイルス遺伝子から構成されており、一部の遺伝子構造から、人に感染しやすくなっているとされる。

他にも軽症者も含めて多数の感染者が潜在的に存在している可能性はある。

これまで疫学調査がどの程度なされていたかが疑問であるが、中国当局の、他には感染者はいないとする発表がどこまで真実性があるかが問題である。さらにH7N9鳥インフルエンザが家禽の間で発生していないとする農業省筋の発表もあり、中国としての説明は全く矛盾に満ちている。

4月5日~6日に、上海周辺の生きた家禽市場でウイルスに感染した家禽が見つかり、当局はそれら家禽を処分すると共に、市場を閉鎖した。

しかし、それら家禽がどこでウイルス感染をしたのかは不明なままである。

また4月13日に北京で感染者が見つかってから、北京市内の生きた家禽市場は閉鎖された。

b) 筆者は、当ウイルスが人為的に作成されたもので、それが何らかの過程で外に漏れだしたか、または他の理由で人に感染した可能性も否定できないと考えている。

・中国版SNSでは多くの噂が乱れとんでいて、北京にも発病者がいる、上海の病院にはさらに多くの重症肺炎が入院している等の噂が出ている。

・遺伝子分析では、3種類の鳥インフルエンザウイルスが同時に再集合して誕生したと考えられ、国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターの田代所長は、ブタの体内でウイルスが変異した可能性があると述べている。

・田代所長、東大とウイスコンシン大学で研究する河岡康裕教授、さらにオランダのロン・フーシュ教授の見解では、ウイルス遺伝子を分析すると人に非常に感染しやすくなっており、もし感染すると人は全く免疫がないため重症化する可能性が高いという。

・ウイルスが人人感染をしていないのかが問題であるが、現時点では明確な証拠はないとWHOではいっている。しかし、中国内での詳細な疫学調査が行われない限り、人人感染の有無に関しては明確な判断はできない。

・もしウイルスが人人感染をしているとしたなら、パンデミックに移行する可能性が高い。それは多くの世界の専門家が言っているが、米国では4月第2週に入って危機管理体制を2番目に高い水準に引き上げている。福島原発事故の際のレベルである。

・香港大のパイリス博士は、このH7N9ウイルスは変異していても鶏や鳥類には弱毒性であるから、無症状家禽を介して容易に拡大してゆく可能性があることを懸念している。同様の懸念は欧米の専門家の間からも出ている。

・今後、中国内でさらに感染者が報告され出すと、それはパンデミックの予兆であるから、世界はパンデミックに備える必要がある。

・米国はすでに発表されている遺伝子情報から、ワクチン作成に着手している。

・日本もワクチン作成の準備段階に入っている。

・香港では国境での検疫が強化され、市内の病院でもインフルエンザ様症状の患者が発生すると、H7N9ウイルスの検査が行われている。また中国本土から輸入される家禽の検疫は強化され、運ばれてくるロットごとに3%の家禽のウイルス検査を行っている。

■米国疾病予防管理センター(CDC)専門家たちの見解

以下に、米国CDCの専門家達の見解をまとめた。

米国CDCのトーマス・フリーデン長官は、米国として現時点で安心できる要因として以下の点を上げている。

・持続的人人感染が起きていないこと

・世界中の研究者と政府が緊密な連携体制をとっていること

・先のパンデミックの時以上に、米国での危機体制は整ってきていること

一方、不安要素としてCDCの専門家達は以下の点を上げている。

・現在、H7N9ウイルスは発病者の26%を死亡させている。しかし確認されている発病者の数は実際よりも非常に少ない可能性がある。重症者だけが中国当局によって検査されているからだ。重症者は発病者の氷山の一角であり、軽症者や中等度の症状の患者は把握されていない可能性が高い。フリーデン長官は先週発表されたNEW.ENGL.J.MED(ニューイングランド・ジャーナル・メディスン)にそのように記述している。

・CDCのインフルエンザ部門の責任者であるナンシー・コックス博士は、中国で毎日3~5人患者が報告され続けている状況は、非常に重大な関心を呼ぶ、とコメントしている。

・ウイルスは鳥に感染しても無症状な故に、その拡大の把握が難しい。現在、ウイルスの感染が確認されている動物は、中国で鶏、ウズラ、ハトだけである。

・遺伝子分析によると、H7N9ウイルスは人や他のほ乳類に感染しやすくなっている。さらに人に感染しやすくなってゆく可能性がある。

■今後の展望

本稿を書き上げた4月14日夜の段階で、中国の感染者数は増え続けている。

しかし、そのウイルス源はどこにあるのか不明である。仮説として渡り鳥からもたらされたとか、長江河口の野鳥が韓国の野鳥の遺伝子を取り込んで変異したとか諸説がある。しかし、人に感染しているウイルスがどこからやってきているのかは不明なままである。

当H7N9ウイルスがパンデミックを起こす可能性は否定できない。

ウイルス遺伝子を行った研究者達は、ウイルスがさらに人に感染しやすくなっていることは明らかであり、今後パンデミックへ移行してゆく可能性を示唆している。

現在の致死率は、感染者の母集団が不明なことから推定になるが、20%台である。

現在の死者数が11人であるが、当ウイルス感染の致死率が1%とした場合、潜在的に感染者(発病者)は1100人、致死率がスペインインフルエンザと同じ2%とすると、550人程度の発病者が中国内ででていると推定される。

外岡 立人
医学ジャーナリスト、医学博士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年4月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。