液晶テレビの二の舞を演じていないか?次世代スパコン開発

大西 宏

スーパーコンピュータ「京」の100倍高い性能を持つ次世代スパコン開発で、再び世界最速を2020年に実現する計画を文部科学省の有識者会議がまとめたそうです。
次期スパコンで世界一奪還へ 「京」の100倍高い性能目指す (1/3ページ) – SankeiBiz(サンケイビズ) :

「京」といえば、事業仕分けで蓮舫さんが「2位じゃだめなんでしょうか?」というツッコミをやったことが波紋を呼び、こぞってバッシングが起こったことが思い出されます。その後、国産スーパーコンピュータ「京」は2011年に二期連続で世界最速を実現したものの、今や演算速度はクレイ社やIBMに抜かれ、第3位となったことはご存じの通りだと思います。世界最速は実現できたものの一年で記録は抜かれてしまっています。


さて、あの当時、蓮舫さんへの批判が渦巻いていたのですが、ちょっと待てよと感じたものです。情けないと思いました。特に国威発揚を是とする一部のマスコミや政治家の人たちの批判は聞くに耐えないものでした。まるで世界一を目指さないことは科学技術立国ニッポンの敵だという勢いで、スーパーコンピュータの開発戦略そのものを問いなおすことすら抹殺しようと世論操作をやったのですから。
そういえば、消えた年金問題で、3ヶ月で突合システムができると明言してシステム音痴ぶりを披露された片山さつきさんが激しくつっこんでいたのがまた面白いところでした。

それよりは批判されるべきは、蓮舫さんの素朴な疑問にただちに反論できなかった当事者の人たちではなかったのかと今でも思っています。今の時代は、「WHY?(なんのために)」が非常に重要になってきています。そこに新しい発想や切り口が生まれることでブレークスルーが起こってくるからです。それを議論し、より深め、また共有することが大切になってきているのではないでしょうか。

冷水を浴びせかけるようで申し訳ないのですが、専門家でなくとも、日本のスーパーコンピュータは敗北に敗北を重ね、失敗の歴史をたどってきたことをご存知の人も多いと思います。今や最速でしか競えないということなのでしょうか。

こちらの図はスーパーコンピュータの専門家が作成したスーパーコンピュータの100位位内のランキングとシェアの推移を示したものです。

メーカーと大学。 長すぎる蜜月が引き起こした必然的帰結『WIRED』VOL. 3 : より

赤とオレンジが日本のスーパーコンピュータですが、1990年代半ば以降に、赤もオレンジもランキング100位から消えていっているのがひと目でわかります。
もうひとつ注目したのは、赤と緑が日本のユーザーを示しています。そちらも同時に消えていっているのです。見方を間違っていなければ、「京」だけ1番だけど、上位100位に入るようなスーパーコンピュータはもうほとんどつくれなくなったということと、日本では新しいスーパーコンピュータを導入するところもなくなってきたことを示しています。
しかもオレンジ、つまり日本製のスーパーコンピュータの海外ユーザーも消えてしまっているのです。今やスーパーコンピュータの日本のシェアは数%しかありません。

この図を見れば、それでも演算速度1番なんですか、もっとほんとうの課題は別のところにあるのではないですか、最新のスーパーコンピュータを導入していくユーザーの裾野を広げるほうが重要ではないですかという疑問を感じてしまいます。

ところで、このスーパーコンピュータの近年の足跡や、今掲げている目標は、なにか液晶テレビと似ていると感じませんか。

液晶テレビは、市場のニーズの変化、また製造環境の変化、競争環境の変化があったにもかかわらず、ひたすら品質や性能を追い求めた結果、世界市場では散々な目に会いました。いわゆるイノベーションのジレンマの典型かもしれません。いったん成功すると、成功した同じ路線で、ただ改良することを追求しつづけているうちに、やがて価格破壊によって新規参入者に市場を侵食され、やがては市場のメインストリームでも破れてしまったのです。

国内の家電売場ではそれを感じられないほど国内ブランドが並んでいますが、それはあくまで国内に限ったことです。それで相変わらず4Kや8Kといった解像度で世界一を目指そう、それで復活しようというのですから、ますます小さな市場に追い込まれていきます。

スーパーコンピュータも同じ轍を踏んできたのではないでしょうか。敗因を分析せず、過去の延長線でせっせとひたすら性能を追っています。間違った戦略を正しくやってしまっているのではないかという懸念は、ネットを検索すれば、スーパーコンピュータの専門家のなかでも散見されます。
次世代スパコン開発費は復活すべきか? – :
メーカーと大学。 長すぎる蜜月が引き起こした必然的帰結 『WIRED』VOL. 3 :
国策スパコン、復活の意義を問う – 「技術立国ニッポンの虚像が露呈した」:ITpro :

まだ4Kや8Kなどは、テレビ以外の市場を拓きそうなのですが、スーパーコンピュータでいくら世界一の演算速度を実現しても、それが汎用のコンピュータには役立ちそうにないところが残念なことです。あとは富士通さんや日立さんに頑張ってもらうしかありません。投じた国費の大きさと事業計画のギャップは、ちょっとどうなんでしょうか。

富士通は、およそ10年ぶりにスパコン輸出を再開し、欧州をはじめ、新興国需要を取り込んでいく考え。スパコン市場でのシェアは現在2%、売り上げは約200億円だが、2015年にはそれぞれ10%、1000億円に引き上げたいとしている。

国産スパコンの逆襲 – ITmedia エンタープライズ :

産経新聞の「主張」を見ると、産経新聞の脳天気さ加減にはあきれ果てます。「科学技術立国を国是とする日本は、常にトップを争う位置を維持しなければならない」とありますが何でトップを取るかの発想を広げず、挙げ句の果てが、また議論の封じ込めです。
【主張】次世代スパコン 先端科学立国へ首位奪え+(1/2ページ) – MSN産経ニュース :

「2位じゃだめなのですか」などという後ろ向きの議論で開発に水を差すようなことは、二度とあってはなるまい。

ただただ威勢のいいスローガンを好み、考えることを放棄させ、議論に水を指すというのが産経の限界なのかもしれません。

uncorrelatedさんのブログ「ニュースの社会科学的な裏側」でも投げかけられているように、もっとほんとうは何を目指すべきなのかの議論を尽くすべきなのです。

科学技術に予算を投じる必要性はある。しかし、毎年何百億円も国費を投じるのであるから、その成果について吟味する必要があるし、1番ではない演算能力で問題があるのかは議論すべきであろう。「京」の後継プロジェクトをどうすべきかは、やはり「京」の出した研究成果に対する貢献で考えるべきだ。

2位じゃダメなんでしょうか? ─ 1番速いスパコンの必要性を考える: ニュースの社会科学的な裏側 :

先の『WIRED』の記事では、国内では200~400人程度の研究者しか本格的にスパコンを利用していないという実態があるそうで、利用環境を改善するほうが科学技術の発展には役立つのかもしれないのです。産経新聞にも聞きたいのですが、毎年毎年何百億円の国費を投じて、それで1~2年だけ1番をとって、正直なことろ日本の科学技術にどんな貢献をもたらすというのでしょうか。

スーパーコンピュータの開発のあり方については、事業仕分けという場ではなく、アベノミクスの成長戦略として、文部科学省が選んだ「有識者」だけでなく、スーパーコンピュータの専門家やユーザーも含めた場でしっかり議論してもらいたいものです。