著者:シルヴィア・ナサー
出版:新潮社
★★☆☆☆
本書は元NYタイムズの経済記者(今はコロンビア大学教授)がマルクス、マーシャル、ケインズ、ハイエクなどの経済学者の人生を描いてその業績を紹介したものだが、前著『ビューティフル・マインド』と同様、著者が理論の内容を理解してないので、いろいろなエピソードの羅列に終わっている。
たとえばマルクスについては、エンゲルスとともに『共産党宣言』を書いたころの政治的活動にもっぱら記述がさかれ、『資本論』については階級闘争についての話ばかり取り上げ、その解釈も古い。著者がまともにマルクスを読んでいないことは明らかだ。
もっとも多くのページが割かれているのはケインズだが、これも第1次大戦以降の彼の政治的活動を中心にしてブレトン・ウッズ体制までを描いている。本書で彼の『一般理論』をお手軽に理解しようと思う読者は、当てがはずれるだろう。著者はケインズの経済理論についてほとんど書いていない(たぶん理解していない)からだ。
ハイエクやフリードマンについてもサッチャーやレーガンなど政治との関係が主で、ケインジアンとマネタリストの大論争の中身はまったくわからない。おまけにルーカス以降の「新しい古典派」がすっぽり抜けているので、最近のマクロ経済学については何もわからない。2008年の金融危機に経済学が対応できなかったことについても「非現実的な理論」を指弾するばかり。
全体として論理的な骨格がなくて断片的なので、どこからでも読めるのはメリットだ。夏休みに経済学部の1年生が「あの経済学者はどんな人だったんだろう」と知る役には立つが、上下巻750ページを通読しても、経済学はまったく理解できないだろう。