IT産業より遅れているITユーザー

池田 信夫

Noah Smithが日本の不況について「DSGEやRBCなどの既存の理論では説明できない」と論じている。私は、普通の教科書に出ていないハイエク的不況だと思う(テクニカル)。


ハイエクは1974年の論文で「失業は部門間の労働の配分の不均衡が残っている状態だ」と論じた。これはのちに部門間シフト(sectoral shift)として理論化されたもので、労働市場が機能していれば、供給過剰の企業から不足している企業に労働移動が起こって生産性は均等化するはずだが、労働組合が人員整理に抵抗すると不均衡が残る。

大恐慌が長期化したのも、1935年にニューディールで労組のストライキ権などを認めたことが原因だ、というのがRBC派の意見だ。しかしRBC的な世界では、このような不均衡が20年も続くことは考えられないが、日本では深尾京司氏も指摘するように、製造業と非製造業の生産性(TFP)の格差は縮まらない。

この図はアメリカを1として部門ごとの生産性(青い点線・右軸)を見たものだが、日本の生産性はEUに比べても半分程度で、特に非製造業の生産性が低く、上昇率も低い。その原因として考えられるのは、ICT投資(茶色の棒・左軸)が低いことだ。企業が労働節約的なITの導入に消極的なことが、非製造業の生産性を低迷させている。

日本の経営者にとっては正社員の人件費は固定費なので、コンピュータを導入しても減らすことはできない。だからIT投資をする代わりにパートの主婦を安い賃金で雇うのだ。これによる賃下げの結果が「デフレ」と呼ばれる現象である。Noahも示すように、その因果関係は明らかであり、金融政策とは何の関係もない。


日本のIT産業はもう終わったが、もっと遅れているのは中村伊知哉氏も指摘するようにITユーザーだ。政府が鳴り物入りで導入する「マイナンバー」も、今までの紙の事務を残したまま電子化するので、人件費はむしろ大幅に増える。欧米の行政電子化が人件費の削減のために行なわれているのと対照的だ。

最新鋭の労働節約的な工場は日本からなくなり、海外にできるという負の退出効果も特徴的だ。要するに、雇用を守るために生産性が犠牲にされ、設備投資が萎縮しているのだ。設備投資によって労働が節約できないことが、企業の貯蓄超過という異常な現象の一つの原因である。

このように労働力を浪費する雇用慣行は、高度成長期の労働力が余っていたときできたもので、これから労働人口が減ってゆく時代には労働配分のゆがみが日本経済全体のボトルネックになる。それが停滞の原因なので、80年代にサッチャーやレーガンが断行したように、労働組合との対決を恐れないで雇用に手をつけるしかない。

しかし安倍政権は雇用問題にはまったくふれず、日銀がカネをばらまいてごまかそうとしている。このようなバラマキ金融政策は、アメリカでは保守派が強く批判している介入主義だ。自民党は保守主義の矜持も失ったのか。