「日本的リベラル」の終焉

池田 信夫

今回の選挙で野党が惨敗したのは、自民党に対して有効な対立軸を出せなかったからだ。JBpressにも書いたことだが、20年前に小沢一郎氏が自民党を割って出たときは、大きな政府か小さな政府かという対立軸があった。しかしその後、彼が迷走する一方、民主党という時代遅れの「リベラル」が野党の多数派になり、小沢氏も最後はそれに合流し、かつてとは逆のバラマキ福祉を主張するようになった。


自民党というのは、綱領も政策もない個人後援会の集合体である。それは高度成長期になるべく地元に利益誘導したい政治家の集合体であり、対外的な戦略はアメリカが決め、国内の政策は官僚が決めた。政治家は「村」(派閥)に集まり、選挙区に帰って「田を耕す」(選挙区回り)ことを仕事とする日本的共同体だった。現状維持さえしていれば、高度成長期の日本経済ではすべてOKだった。

しかし90年代以降、成長が止まると、こうした利権の分配が機能しなくなった。それにいち早く気づいた小沢氏の政治感覚は見事だが、いま思えばそれは早すぎたのだろう。民衆の支持を得たのは、大きな政府の中で低所得者に多くの分配を求める民主党だった。「コンクリートから人へ」というスローガンは、日本の財政の癌である社会保障費をさらに膨張させ、図のようにプライマリーバランスの赤字の半分は社会保障関係費である(経済財政白書)。


ところが与野党ともに、この社会保障費の削減にはまったく言及しない。この意味では、自民党から共産党まで、日本の政党はすべて大きな政府にぶら下がる日本的リベラルだから、争点がないのだ。民主党政権の「税と社会保障の一体改革」も、社会保障給付を増やすために増税し、この構造を拡大再生産するものだ。

この異常な財政構造はデフレと低金利のもとでは何とか維持できたが、長期金利が世界標準の3~5%になると、たちまち行き詰まる。アベノミクスは、それを日銀の財政ファイナンスで食い止めようという政策だが、これをインフレ目標と一体にしたのは失敗だった。それは長期金利を上昇させて、財政赤字をさらに悪化させるからだ。

今の社会保障や地方交付税などの再分配制度は、高度成長期に田中角栄のつくったものであり、人口減少・低成長時代には維持できない。それを理解していたのも小沢氏だったが、彼の「生活の党」は本拠地の岩手でも議席を失って参議院はゼロ議席だ。もう失うものはないのだから、20年前の初心に戻って、小さな政府をめざす新党の結成に協力してはどうだろうか。