生家を失った人の「お盆」の季節 --- 長谷川 良

アゴラ

当方と同じように欧州に長く居住している日本人の友人と久しぶりに会って話した。「日本はお盆のシーズンだね」という話題になった。彼は「お盆になれば、実家に帰ってお墓参りをするだろう。俺の場合、生家がないから、実家のお墓参りの際には生家の町のホテルに宿泊して墓参りをすることになる」という。友人の生家は地元百貨店の駐車場になってしまった。友人の父親が生前、東京に引っ越しする際、家と土地を売って故郷を去ったからだ。


「10年前かな、姉と一緒に実家の墓まいりに行った時、姉が生家があった場所まで案内してくれ、『家は駐車場の下になってしまったわ』とあっけらかんにいったのを思い出すよ。自分が生まれ、育った生家はもはや形もなく、駐車場のアスファルトの下になってしまった。『もう何年になるんだろうね。家を潰してから』と聞くと、姉は『そうね、あなたが欧州に行ってからよ』」という。

友人は、両親の葬式にも遅れ、実家を壊す日にも不在だった。

話は続く。友人の生家は駐車場の下になったが、友人の奥さんの実家も同じようにもはや存在しない。駐車場の下になったのではないが、両親が亡くなると古い実家を世話する親戚がいなくなった。そこで「余りいい思い出がないので、家をこわし、土地を売ることにした」という。どのような思い出が浸み込んでいるのかはいわなかった。どの家族にも暗い思い出が1つや2つはあるものだ。

そういうことから、友人夫婦には日本に実家がない。遠縁関係者は住んでいるが、生家の町ではないので、墓参りは大変だ。「お世話になっている寺の住職にはお礼を言う機会がないので、墓の世話をお願いするのも気が引けてね」という。

「自分の家の隣は材木屋だった。小さい時、木に乗ったり、チャンバラごっこなどして遊んだものだ。俺の子供時代の全ての思い出は駐車場のアスファルトの下になってしまった」と少々自嘲気味に語った。

8月10日の日本の新聞コラムに「この週末からお盆休みという人も多いだろう。お盆をふるさとで過ごす帰省ラッシュもきょうがピーク。先祖の墓参りとともに、子供たちには虫捕り、海水浴と楽しく過ごしてもらいたい」と書いてあった。

日本人にとってお盆と帰省は重要な行事だ。欧州に長く住む友人や当方にとっては、「ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの」という室生犀星の詩の内容を噛みしめる季節である。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年8月11日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。