奴隷貿易が資本主義を生んだ - 『アメリカ黒人の歴史』

池田 信夫



奴隷制についての記事が論議を呼んでいるので、本物の黒人奴隷についての本を紹介しておこう。著者も最初に断っているように、この問題をもっぱら人道的な立場からとらえ、南北戦争が正義と悪の戦いだったかのような歴史観は正しくない。

まず認識しなければならないのは、米国は「ピューリタンの建設した自由・平等の国」ではないという事実だ。18世紀になっても移民の75%は奴隷などの「不自由人」であり、人権宣言の「人権」の中には奴隷は含まれていない。ジョン・ロックもジェファソンも多くの奴隷を所有しており、合衆国憲法でも奴隷の人権は認められなかった。

当時のアメリカは農業国であり、1日中苛酷な労働の続く綿花やタバコなどのプランテーションでは、自由労働者はすぐ逃げてしまうので、ずっと拘束できる奴隷制の農場のほうが生産性は高く、奴隷の所得も自由労働者より高かった。

イギリスが世界で初めて工業化に成功した原因は、「産業革命」でもプロテスタントの労働倫理でもなく、このような奴隷の三角貿易(奴隷―綿花―綿織物)による巨額の利益だった、という説が最近、有力になりつつある。先日、紹介したポメランツもそういう立場である。

それがプランテーションの中心が小麦に移るにつれて、農業労働者を1年中拘束する必要がなくなり、必要なときだけ雇う賃労働のほうが効率的になった。同時に奴隷に対するキリスト教的な批判が高まり、それに反発した南部7州が連邦から独立しようとしたのが南北戦争である。このときも奴隷制の可否は主な争点ではなく、戦争の目的は「連邦を救うことであって奴隷を救うことではない」とリンカン大統領はのべた。

もちろん自由を奪われた奴隷が(たとえ自由労働者より生活水準が高くても)悲惨であることはいうまでもないが、おもしろいのは長時間労働には奴隷制が適しているということだ。雇用契約で勤務時間の決められた自由労働者は「サービス残業」はしないし、「ブラック企業」も生まれない。日本の長時間労働や労働生産性の低下の原因も、職場にべったり拘束される「奴隷的習慣」が改まらないからではないか。