あの新聞社が外資に買われる噂

新田 哲史

※今回は諸般の事情により「三文小説」でお届けします m(__)m

テレビ画面の向こうで剛腕投手が雄叫びを上げている。電市コンドルズのエース中田真訓が東読ギガンテスの最後の打者を三振に仕留め、球団初の日本一を決めたのだ。今宵、本拠地の宮城を始めとする被災地にどれだけの勇気を与えたことか。角澤次郎は自宅マンションの一室でただ一人、野球が地域社会に与える様々な影響に思いを巡らせていた。


純粋に野球を楽しめないところが新聞記者の悲しい性である。毎朝新聞の経済部から新潟支局に異動したのが半年前。入社13年目で若手記者の指導役として2年後に本社に変える約束はしているが、どうなるか分からない。長男の中学受験の準備が本格化していたこともあり、妻子を東京に置いて泣く泣く単身赴任の道を選んだ。

野球観戦が一段落して冷蔵庫にビールを取りに行こうと立ち上がった時だった。テーブル上のiPhoneが鳴り出す。着信表示は「古谷哲也」。同期入社で割合親しかった男だが、記者の仕事に数年で見切りをつけ、今は外資系のPR会社で企画の仕事をしていた。

「角澤、なんで教えてくれなかったんだよ」古谷はのっけから挑発的にまくし立ててきた。「何のことだ」角澤は戸惑うしかなかった。最後に古谷と会ったのはもう2年前。たまにFacebookでやり取りはしていたが、何か情報提供を頼まれた覚えはない。

「お前の会社、アマンダが買おうとしたらしいな」
古谷が得意げに言い放った一言に角澤は耳を疑った。アマンダといえば米国発の世界最大のネット通販。売上高で国内最大の電市の2倍を誇る。あまりに唐突な話だ。

「本当か?しかし・・・」そう言いかけた中で角澤は、近年の社の経営が悪化の一途をたどってきた経緯を振り返る。全国紙でありながら部数は大手2紙に大きく水を空けられ、過去3年は営業赤字。去年の冬、銀行から経営指導が入ったという噂を耳にしたのを機に、企業取材で培った財務諸表分析を自分の会社に初めてしてみた。実際、流動比率が30%を割り込もうという危機的な状況であった。

※日本でも新聞社買収劇は起こるか(画像はwikipediaより)

「なあ、古谷。確かに米国でアマンダの創業者が有名新聞社を買ったので、そんな噂が出るのかもしれないが、日本では構造上あり得ないよ」
「俺も記者だったので知っているさ。日刊新聞法で株式の譲渡制限がされているから、業界関係者以外が株を買うのは実質的に不可能ってことだろう?」古谷は角澤が言おうとしたことを全て先回りして回答した。
「それなら、その噂の根拠を聞かせてもらいたいね」角澤がため息交じりに呆れて言う。それでも古谷のテンションの高さは変わらなかった。
「経済記者ならネット通販業界のカギが宅配サービスにあることは知っているだろう」
「ああ。流通業界の担当ではなかったけど、最近は競争激化で即日配達や送料無料になったために、宅配業者の経営を圧迫していることは聞いている。大手の狭山急送がアマンダのからの受注条件に嫌気がさして撤退した話も経済誌で読んだ記憶がある」

「そこがミソよ」電話の向こうで古谷が不敵に笑っている。「ネット通販の需要が伸びる中で狭山が撤退したために現場はさらにひっ迫している。郵便局やライバルのダイワ急便がフル回転しても追い付かなくなりつつある。それで目を付けたのがお前の会社よ」
「あ……」角澤は瞬く間にある仮説を思い浮かべた。「販売店か!」

「ご名答。業務提携ってわけだ。まずは名古屋あたりの中部地方で実験的にやってみるという構想らしい。中部は地元紙の中京新聞の牙城だろう。この地域で新聞を発行して販売網を維持するのは北海道と同じく、赤字続きで今の毎朝には重荷だ……」
古谷が話し切るまでに角澤はもう察しを付けていた。「つまり業務提携で赤字分を埋めるお金を出させる。アマンダは新たな配送網を確保でき、毎朝も経営の独立を守ったまま貴重な事業収入を得られるウィンウィンか」

古谷もいつしか声を上擦らせていた。
「考えやがったよな。これぞ日本型の新聞社買収のシナリオだと感心したよ」
「だけどなあ……」何かに吸い込まれるように古谷の声が沈んだ。「この話には悲しい結末がある。残念だけど、お前の会社の上層部があれこれ難癖を付けて提携交渉は白紙になってしまったらしい。起死回生のチャンスだったと思うんだけどな」
「いつもそうだよ。今の社長って社会部記者上がりだから、経営の見識が怪しい。いや、そもそも米国と違って、日本の新聞社はどこもそう。ビジネス経験のない記者が社長の座に就いているのだから……」角澤は淡々としていた。期待も失意ももうないかのようだ。
「なあ角澤……」沈黙のひと時を挟んで古谷が言った。「今度うちの会社、記者出身のプランナーを募集するつもりだから、中途採用の面接受けてみないか。異業種転職するなら、リストラが本格化する前がいいんじゃないか」
角澤は、突然の誘いに苦笑いを浮かべるしかなかった。

※これは架空の物語である。過去、あるいは現在において、たまたま実在する出来事と類似していても、それは偶然に過ぎない…ってことで。

※いや~。小説って書くの難しいですね。ではでは、今日はこんなところで。ちゃおー(^-^ゞ

新田 哲史
Q branch
広報コンサルタント/コラムニスト
個人ブログ