需要と供給って何?

池田 信夫

労働者派遣法のみなおしを議論している労働政策審議会の部会は、14日に中間まとめを出します。この部会の研究会では、3年以上の派遣の職種をSE・翻訳・放送などの26の専門職に制限していた規制を廃止する一方、今後はすべての派遣労働者を3年で交替させるという規制が提言されたので、これがそのまま法律になると、今まで無期限に働くことのできた専門職の派遣社員も3年でクビになります

ところが厚労省によれば、これが「労働者を保護する」法律なのだそうです。なぜ派遣労働者をクビにすることが労働者の保護なのか、よくわからないのですが、たぶん官僚の脳内では「労働者=正社員」と変換されていて、派遣社員なんか労働者ではないのでしょう。厚労省は「派遣労働の規制を緩和したので派遣が増えた」と信じて規制を強化しています。つまり彼らは

 ・規制緩和→派遣が増えて正社員が減った
 ・規制強化→派遣が減って正社員が増える

と思っているのでしょう。これは論理学でいうと「裏」で、正しいとは限りません。たとえば「雪は白い」という命題は正しいが、その裏の「雪でないものは白くない」という命題は成り立ちません。なぜ彼らは、こんな小学生でもわかることがいつまでも理解できないのでしょうか?

それはたぶん雇用は労働需要で決まるということを理解していないためでしょう。次の図は中学の公民でも習う経済学の初歩の初歩ですが、厚労省の官僚も労政審の労働法学者も理解していないようです。


派遣社員の市場

これを派遣社員の市場で考えてみましょう。図の右上がりの線が労働供給、右下がりの線が企業の労働需要です。あるとき需要と供給がAの状態で一致しているとして、そこから規制をゆるめると賃金(雇用コスト)が下がって派遣社員の需要がBまで増えます。それに対して規制を強めると供給が減って賃金が上がり、派遣社員の雇用はCまで減ります。

つまり派遣労働の規制強化は、派遣を減らす効果は確実ですが、正社員を増やす効果はないのです。これはちょっとむずかしいのですが、派遣労働は何の「代替財」になっているかという問題です。派遣が減るとパート・アルバイトが増え、正社員は増えません。

これは当たり前ですね。企業は正社員をやとう金がないから派遣をやとっているので、派遣を禁止したらそれより高くつく正社員をやとうのではなく、安くつくパート・アルバイトをやとうに決まっています。政府が規制で雇用を減らすことはできますが、増やすことはできません。景気がよくならない限り、雇用(労働需要)は増えないのです。

派遣労働の規制緩和が始まったのは1990年代ですが、派遣が増えて正社員が減ったのは2000年代です。この原因は不況だから、規制を強化しても正社員が増えるはずがありません。厚労省の官僚はこの程度の簡単な経済学も知らないのでしょうか、それとも(正社員の払う)厚生年金を守るために無学なふりをして非正社員を絶滅しようとしているのでしょうか。