E. ノーム教授(米国コロンビア大学)による標記講演(情報通信学会フォーラム、11月22日)(注1)が大変印象に残り、同感する点も多かったので、概略をまとめてみました。
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次世代メディアの主役は「クラウド・テレビ」であろう。それは、第1世代アナログTV、第2世代デジタル多チャンネルTVに続く第3世代のTVである。従来のテレビは標準化や規制による制約から緩やかに成長してきたが、これに対しクラウド・テレビは、Moore’s Law(1年半で倍増)にしたがうデジタル技術と自由な競争環境をベースにしており、より速い成長が期待できる。
クラウド・テレビはインターネット上の双方向TV、インタラクティブTV, Peer to Peer のTV, Social Network TVであり、現代の孤独な個人生活(individual loneliness)に光をもたらす。それはエンターテインメント分野から始まって教育、医療、行政など多数の分野で成長し、従来メディアにくらべてその衝撃は大きいだろう(more disruptive)。もちろん新聞・テレビなどの伝統的メディアが短期間内に消滅するわけではないが、それらの影響力・シェアは低下せざるを得ない。映像型メディアの威力はすでによく知られているが、クラウド・テレビは情報伝達にwidening(より多くのチャンネル)とdeepening(より多くのコンテンツ)をもたらす点で優越している。しかし考えてみれば、これはGutenberg以来のメディア変革の特色でもある。
クラウド・テレビは、contents engineeringの重要性を倍加させる。そのkey playersは、今日のAmazon, Google, Netflix, Hulu, YouTubeなどであり、それらがコンテンツのための “server farm” を供給する。つまりこれらのplayersは、cloud providersとしてクラウド・テレビのためのintermediariesになる。直近のサービスとして、スポーツ、トラベル、マーケティング等で離れた場所にいる個人に参加体験(participatory experiences)を与えることが考えられる。なおGoogle Glassもクラウド・テレビに貢献するだろう。
クラウド・テレビが主役になると予想する際のキーワードとして、diversity of options, convenience, law and regulation, finance, mobility, brands, quality control, security and privacyを挙げておきたい。要するにテレビがクラウド化することであり、またそのためにmulti-cloud environmentも実現されるであろう。
クラウド・テレビがわれわれの専門である「ICT分野の研究」にもたらすimplicationsを考えてみたい。経済学(economics)では、クラウドなど情報システムが持つ規模の経済(scale economies)から生ずる市場構造、すなわち独占・寡占の問題を挙げることができる。なおコロンビア大学では、これまで日本の林(紘一郎)教授、中村(清)教授などと協力して、世界各国にわたる情報システム・サービスの独占傾向について実証研究をおこなっている。
政策分野(policy studies)では、クラウド・テレビ時代のopen competition, (政策主張・意見についての)pluralityなどが研究課題として考えられる。
政治学(political science)では、クラウドと規制、 (day-to-day) adult supervision(注2)との関連が問題であろう。クラウド・テレビはもとより個人による政治への参加を促進し、pro-democraticな影響を生ずるだろうが、過度のpolitical activismというマイナス面も考えられる。
教育学(educational science)へのクラウド・テレビの影響は大きい。まずオンライン教育・学習(たとえばMOOC)の拡大に注目したい。クラウド・テレビはそのための最良の媒体である。旧来の学校制度とりわけ大学のシステムは、teaching, research, credentialsの3要素を結合供給してきたが、将来はクラウド・テレビによってこれらが分離(unbundle)され、市場シェアを奪われる可能性がある。たとえば旧来システムでは「数千人規模の教室(classroom)」は実現不可能だったが、クラウド・テレビにとってこれはたやすいことである。また裕福な家庭の学生(rich students)だけでなく、そうでない学生(poor students)にも高水準の教育を与えることができる。
今後ICT分野では、これらのことを考え、interdisciplinaryな教育・研究に資金を供給し、外部世界との連結を育てることが望まれる。
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以上が講演現場でのメモを基にした小生なりの概要ですが、誤り・脱漏が多数残っているかもしれません。詳しい記録が後に同学会機関誌(注3)に出る慣例のようです。筆者自身の感想として、ノーム教授の講演にはICT分野の流行である「スマートフォン」「ビッグデータ」の用語が全く出ていなかった点を挙げておきます。
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(注1: 公益財団法人情報通信学会設立30周年記念 第30回国際コミュニケーション・フォーラム『スマート革命―社会イノベーションの実現に向けて―』2013年11月22日(金))
(注2、参考: “Google co-founder Page takes over, targets Facebook,” Alexei Oreskovic, (Reuters), 2011年1月21日。情報通信学会)
鬼木 甫
情報経済研究所所長