首相の靖国参拝 ~ 日本は一人で生きて行く覚悟はあるか?

北村 隆司

安倍首相は「自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん」と言う同郷の先輩の吉田松陰の言葉に急かされたのか、靖国に突如参拝し世界を驚かせた。

気になるのは中韓を除く他の諸国、特に友邦諸国の反応だが、今のところ参拝を支持した報道はなく、幼稚で無用な挑発だと批判した報道一色で、日本は総スカン状態である。

もともと親中国的な独仏が靖国訪問に批判的である事は計算内としても、ウイグルの騒乱などで中国と微妙な関係にある回教圏を代表するアルジャジラまで、靖国訪問には冷淡な反応を示している。


中でも憂慮すべきは、日本の外交・防衛の基軸である米国まで「日本は大切な同盟国だが、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」と外行史上前例のない強い調子で首相の批判に踏み切った事だ。

これは、アジアで最も重要な国は中国だと言う米国世論調査の結果にも拘らず、異例の強さで日本の立場を支援して来た米国の外交面子を丸つぶしにした安部首相への怒りの表明である。

これで米国が日本への信頼に疑念を持てば、沖縄米軍の地位協定改定交渉や北方四島返還交渉での日本支援のあり方にも影響するであろう。

各国の日本批判はその後も続き、靖国参拝を危険なナショナリズムの象徴と捕らえ日本の軍事的冒険を抑えなければならないと言う日本政府批判にまで発展している。

友好国の支持をこれだけ失うと、日本の中韓外交の孤立は避けられず、この参拝が国益を傷つけたことは間違いない。

現に、これに勢いついたのが、安倍外交の巧みで辛抱強い方針で世界の多くの国の支持を集めた日本に押され、妥協を迫られていた中韓両国である。

これでも判る通り、靖国参拝問題は「今後は自分の真意を理解して戴けるよう、謙虚に丁寧に、そして誠意を持って説明する」と言う安倍首相の説明で解決出来る段階にはなく、世界を相手に論戦を展開して自分の正しさを説得するか、今後の靖国参拝の自粛を発表するしか道は残されていない。

国内では安倍首相の「靖国への強い想い」を歓迎する向きもあるが、他国の理解を得られなければ「一人よがり」と同じである。いずれにせよ、今更、国内でどちらが正しいかを巡り「理論闘争」をしても、海外の趨勢を変えるには糞の役にも立たない。

安倍首相は「国の為に命を捧げた英霊に尊崇の念を表す事」は当然だと弁明しているが、幼児国家の韓国は別として、中国も含めた海外諸国でこの考えに反対している国はない。

海外から問題にされているのは「英霊に尊崇の念を表す事」では無く、先述のように英語で「War Shrine-戦争神社」と呼ばれ、侵略戦争の象徴と見做されている「靖国」に参る事である。

安倍首相がこの事実を知らない筈は無く、これは飽くまでも「国内向け発言」であろう。

安倍首相が海外の誤解を解くと言うのなら、「靖国」を「War Shrine-戦争神社」と呼ぶ海外メディアの見出しでも明らかな通り、日本と外国の靖国に関する大きな認識の差(perception gap)を取り除かない限り、首相の靖国参拝を支持する国は出ない。

日本外交が危機に瀕する度に「外交は積み重ねる物で、一過性の事件があったからと言って大きな影響は無い」と言う日本の外交官のコメントを引用するマスコミが多いが、これは日本外交の無能さの弁解であって、外交問題の積み重ねが国家の威信や信頼を築いたり、傷つけたりするのである。

また、東京裁判そのものが一方的でそこで決められた「A級戦犯」その物を否定するのであれば、その論議は国内でせず、東京裁判の結果を受け入れたサンフランシスコ講和条約を改めて拒否し、東京裁判無効論で世界を纏める必要がある。

「千万人ともいえども我行かん」と言う気概と「独り善がり」の違いは、その裏に、誰もが認める公理があるかないかの違いであり、これだけ国際世論の支持失った以上、今回の靖国参拝は「独り善がり」であるのを認めることが国益に沿った行動である。

一方、賛成意見で炎上したと言う首相のフェイスブックを頼りに、世界の動向を無視して首相の信念のおもむくままに、益々大胆(見方によっては無謀)なナショナリズム政策を推進するのであれば、日本が一国(一人)で生きる覚悟と負担の重さを国民に示すのがその責任であろう。

世界からこれだけ反発されながら、靖国参拝で得たものが安倍首相の「自己満足の充足」と「支持者へのお追従」だけの現実では、指導者の「一人よがり」のコストは余りに高すぎる。

平和ボケの定義は、池田先生の「平和ボケと言う安全神話」と言う記事で見事に整理されているが、私は、遙か先まで勝利の為の手を読んで着手するプロ棋士と異なり、鼻の先も読めない自分の非力を顧みず、自分の信念(愚考)を解決策と信じる人間を「平和ボケ」だと定義している。

その観点から見ると、外交に関する限り「友愛」の鳩山元首相も「愛国」の安倍現首相も立派な「平和ボケ宰相」であり、その政策が結果として日本の孤立化を招いている。

2013年12月28日
北村隆司