アゴラに靖国参拝に対するきつい意見が並んだので、ついでに私もひとこと。今回の事件が日米同盟に亀裂をもたらすことは、安倍首相も覚悟の上だろう。中国や韓国の反応も織り込みずみと思われる。わからないのは、なぜそこまで大きなリスクをおかして参拝する必要があったのかということだ。
比較的中立な日経の報道からみても、遺族会の票がほしいとか、自民党内の右派を味方につけるとかいう打算でやったようには見えない。それどころか「参拝できなかった心のわだかまりが再登板のきっかけになった」という関係者の話が本当だとすれば、これが政権についた目的だったわけで、日米同盟もアジア外交も眼中にないのは当然だ。
私は安倍首相と同じ世代だが、靖国神社には何の感情もない。安倍氏に特別な感情があるとすれば、それは祖父を戦犯として裁いた「東京裁判史観」への批判なのかもしれない。しかし岸信介は、首相在任中までCIAの工作員であり、戦前なら処刑されていた。秘密保護法が適用されたら、懲役10年は確実だ。
もっと重要な問題は、岸の宿願だった憲法改正路線を安倍氏が継承していることだ。私は憲法は改正すべきだと思うが、それは「戦後レジーム」を否定して岸の明治レジームに戻すことであってはならない。それは「部族社会」だった日本に大陸の制度を接合して見かけ上の近代国家に仕立てたものの、最終決定者がいないという致命的な「空洞」を抱えていたからだ。
岸が北一輝の影響を受けて「五族協和」のために建設した「満州国」は、国家社会主義の楽園だったが、その経営は大幅な赤字であり、彼の盟友だった石原莞爾は満州事変で戦争への道を開いた。国力に見合わない誇大妄想と「空気の支配」による非合理的な意思決定の果てに行き着いたのが、当然の敗戦だった。
そして憲法は変わったものの、空洞は今も変わらない。戦前は軍部の埋めた空洞を、戦後はアメリカが埋めてきたことがまだ幸いだったが、もうこれは卒業する必要がある。そのために大事なのは「憲法改正は明治憲法への回帰だ」という国内や海外の懸念を払拭することだが、安倍氏はその真逆の行動を取ってしまった。これで憲法改正は、彼の任期中には不可能になったと思う。
本質的な問題は、彼を初めとする自民党の古い世代が回帰しようとしている明治レジームが失敗国家だったと認識することだ。日本を戦争に巻き込んだのは一部の戦犯ではなく、この「国のかたち」の欠陥であり、それは今も続いている。憲法を改正するなら何よりもこれを是正すべきなのに、失敗国家の象徴である靖国神社を参拝するということは、安倍氏が歴史に何も学んでいないことを示している。
靖国参拝が「戦争には負けたが日本は正しかった」という戦中派のルサンチマンを満足させるためのメッセージだとすれば、安倍氏はアメリカのもっとも強く警戒する首相になるだろう。彼らは今でも、日米戦争を恐れているからだ。何をしてもアメリカは大目に見てくれると思っている安倍氏こそ、朝日新聞よりはるかに危険な平和ボケである。