ウクライナ経済専門家に聞く --- 長谷川 良

アゴラ

旧ソ連・東欧諸国の経済統計・分析で有名なウィーン国際経済比較研究所(WIIW)のウクライナ経済専門家のロシア人エコノミスト、ヴァシーリー・アストロフ氏は3月3日、当方との会見に応じ、ウクライナ経済の実情について答えた。以下、同氏との一問一答だ。

──まず、ウクライナの国民経済の実情について聞きたい。

「ウクライナ国民経済は停滞している。さまざま理由が考えられる。一つは構造的な理由だ。ウクライナ経済は基本的には輸出依存だ。鉄鋼、鉱物原料、窒素肥料など化学工業品、農業製品などが主要輸出品だ。しかし、それらの世界市場の購買価格は低い一方、生産コストは高い。例えば、鉄鋼業はエネルギー浪費産業だ。生産技術が1950年代のものが少なくなく、旧式だからだ。エネルギー消費非効率の一方、エネルギー輸入価格は高騰してきた」


──ロシアとのエネルギー取引について説明してほしい。

「ロシアはこれまでウクライナに高い天然ガス価格を要求してきた。そこでヤヌコビッチ前政権は昨年、ロシアのガスプロム社と価格の値引き交渉をし、今年1月からガス価格は昨年比で約30%値引きされた。具体的には、ロシア産の天然ガスはこれまで1000立法メートル当たり400ドルだったが、今年1月から270ドルで取引されてきた。ウクライナ前政権とロシア間ではガスの価格を四半期に一度、見直すことになっているが、今回のウクライナ政変の影響でロシアが4月以降も引き続き価格値引きを認めるとは考えられなくなってきた」

──トゥルチノフ大統領代行はデフォルトを回避するためには今後2年間で350億ドルが必要と語った。現実的なシナリオか。

「少し過大な見方だが、大きくは間違っていない。ウクライナは今後2年間で200億ドルは必要だろう。いずれにしても緊急財政支援が不可欠だ。なぜならば、ヤヌコビッチ政権とロシアが昨年12月に合意した財政支援はもはや期待できなくなったからだ。同時に、国際収支も危機レベルにある。対外債務はGDPの約80%に相当する。ウクライナ経済、特に輸出産業が過去、厳しかった理由の一つは間違った為替政策にあった。通貨フリブナは対ドル・レートを安定させる狙いから中央銀行管理の為替政策が続けられてきた。その結果、通貨は過大評価されてきた。輸出産業はダメージを受けた。一方、国内需要は限られている。国民は貧しく購買力がない。ウクライナは現在、欧州でモルドバについで最貧国になってしまった」

──中央銀行は変動相場制に移行を発表した。通貨フリブナは急落してきている。

 「フリブナの下落率は3日時点で約25%だ。ウクライナでは過去、インフレ率はゼロだった。農業の収穫高は昨年良好だったこともあって、食料価格は抑えられた。しかし、通貨の動向は今後、国際社会と財政支援でいつ合意できるかに依存している。下落率が25%、30%はまだいいが、40%以上となれば深刻な結果をもたらす。インフレ率が高騰し、消費者の購買力はさらに弱くなる。銀行システムの安定で影響が出てくるだろう。クレジットの約35%は外貨建てだ。通貨の下落が続けば、債務者の返済は一層苦しくなる」

──ウクライナの政変はヤヌコビッチ大統領が欧州連合(EU)との自由貿易協定の署名を拒否し、ロシアとの経済関係重視を決定したことから誘発されたものだ。ウクライナ国民にどの選択が理想か。

「ウクライナは地理的にEUとロシアの中間に位置する。同時に、ウクライナはロシア語を話す東部の国民とウクライナ語を話す西部とに分かれている。同時に、歴史的発展でも東西は異なる。宗教もそうだ。理想的な選択肢は欧州とロシア両者と友好関係を維持することだ。自由貿易協定を双方と締結することだ。原則的に、国土を分割せず双方と共存することがベストだ。もちろん、その前提条件は欧州とロシアの関係が深化しなければならない。欧州とロシアの双方と自由貿易協定を締結できれば、ウクライナは現在のようなジレンマに苦しむことはない。ウクライナ製品の輸出先はロシア市場25%、欧州市場30%でほぼ同じだ。欧州には鉄鋼、鋼鉄、農業製品、窒素肥料を、ロシア向けには機械だ。ウクライナ製機械が輸出できるのはロシア市場だけだ」

──ウクライナが欧州とロシア双方と自由貿易協定を締結するという選択は非現実的ではないか。

「残念ながら、ウクライナの分断がより現実的だ。少なくとも、クリミアはもはやウクライナの支配下に置くことは難しい。プーチン大統領がクリミアに軍を派遣したのはかなり危険な試みだが、ロシアの視点からみれば、ウクライナの新政権は合法性に欠け、一種のクーデターだ。少なくとも合法的な政権交代ではない。実際、ウクライナ東部では新政権は認知されていない。クリミアが新政権を認知しないとすれば、キエフ政府から保護を受けられない。だから、ロシアに接近するわけだ。クリミアで3月30日、住民投票が実施される予定だ。その結果は自治権の強化、さらにウクライナからの離脱となることはほぼ間違いないだろう。クリミアだけではない。ウクライナ東部の国民は新政権を認めていない。プーチン大統領はウクライナのこのような状況を巧に利用しているのだ」

──欧米社会はロシアに警告を発し、制裁を実施する意向だ。ロシア経済にとっても苦しいはずだ。

「ロシアは欧米諸国から制裁されたとしても生存できる。むしと欧州自身がロシアのエネルギーに依存しているのだ。すなわち、ロシアも欧州も相互依存関係なのだ。だから欧州が一方的にロシアに制裁はできない。プーチン大統領もクリミア問題でその強さを発揮できれば、ロシア国内での支持が高まるという計算も働いているだろう。ちなみに、ウクライナがクリミアを失ったとしてもウクライナ経済全体にとって大きな影響はない。クリミアは美しい自然を有する地域で観光業には向いているが、相対的に貧しい地域だ」

──最後に、国際社会の対ウクライナ支援問題について。

「ウクライナ経済にとって財政支援が急務だ。大規模な財政支援が可能なのは国際通貨基金(IMF)だけだろう。今後2年間で150億から200億ドルの財政支援が必要となる。政治的には、全面戦争を回避するために関係国の譲歩が必要だ」

【ヴァシーリー・アストロフ氏の略歴】(Vasily Astrov)
1974年6月、ロシアのサンクト・ペテルブルク生まれ。英国ウォーリック大学、オスロ大学、サンクト・ぺテルブルク国立大学などで経済学、地理学を学ぶ。ウィーンのWIIWではウクライナ、ロシア経済の専門家。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。