なぜ人手不足になるの?

池田 信夫

このごろ、あちこちで人手不足という話を聞きます。居酒屋や牛丼のチェーン店が人手不足で店を閉めたとか、建設業では人手不足で工事が落札できないという話もあります。日銀の黒田総裁は「失業率が3.6%と構造的失業率に近づいている」と、自信を見せました。去年のGDPは後半に落ち込んで、景気動向指数もマイナスになっているのに、なぜ人手不足になるんでしょうか?


現金給与と実質賃金の前年比上昇率(%)


その理由は簡単です。給料が下がっているからです。労働サービスの需要と供給も、普通の商品と同じように価格(給料)で決まるので、賃金が下がったら雇用(労働需要)が増えます。上の図のように労働者のもらう現金給与(名目賃金)はあまり変わらないのですが、年2%近く実質賃金が下がっているのです。ちょっとむずかしいですが、実質賃金は

 実質賃金上昇率=名目賃金上昇率-インフレ率

という式で決まるので、最近の円安や原油高などの輸入インフレで、給料の手取りは変わらなくても、それで買える物は減っています。たとえば居酒屋はインフレになると料金を値上げできますが、労働者の時給は変わらないので、経営者は労働者に気づかれないで賃金を下げることができます。

このおかげで雇用が増え、失業率は下がります。それが「デフレ脱却」の目的なのです。浜田宏一さん(内閣官房参与)は正直に「名目賃金は上がらないほうがよい」といっています。賃金を下げて経営者をもうけさせて景気をよくするのがアベノミクスの目的だからです。

え?とよい子のみなさんは不思議に思うかもしれません。甘利さんとか菅さんとか、安倍内閣の閣僚が「賃上げしろ」と企業に頼んでいるのはなんでしょうか?

たぶん経済学を知らないのでしょう。賃金を上げたいなら、デフレのままにしておけばよかったのです。デフレだと上の式でインフレ率はマイナスになるので、マイナスを引き算するとプラスになりますから、給料が同じでも実質賃金は上がります。

「インフレになったら名目賃金が上がって好循環が起こる」と黒田さんはいっていますが、上の図を見ればわかるように、そんなことは起こりません。非正社員は足りないが、その時給を上げると正社員の給料も上げないといけない。しかし正社員の給料は今でも高すぎるので、経営者は賃上げしないのです。これが人手不足になる原因です。

つまりインフレというのは、労働者をだましてこっそり給料を下げる方法なのです。これは必ずしも悪いことではありません。日本の賃金は中国などに比べて高いので、それを下げないと国際競争に負けます。そのために給料を下げたことが「デフレ」の原因でした。それを黒田さんは勘違いして、デフレが原因で賃下げが結果だから、インフレにしたら名目賃金が上がると思っているようですが、そんなことをする理由がありません。企業経営は、慈善事業ではないのです。

インフレは貧しい労働者から金持ちの経営者に所得移転して、所得分配を不公平にします。公的年金は、貧しい若者から金持ちの老人に所得移転しています。日本は、貧しい人がますます貧しくなる国になってしまいました。お金持ちはあまりお金を使わないので、消費は減ります。そうすると景気は悪くなって給料は下がる…という悪循環になるのではないでしょうか。