「夢心地」の電力全面自由化法案が衆院通過 --- 石川 和男

アゴラ

5月20日付け日本経済新聞ネット記事などで既報だが、電力小売を2016年に全面自由化する法案が同日の衆院本会議で可決した。電力全面自由化があたかも日本経済を救うかのような空気が、永田町や霞が関だけでなく、日本国中に蔓延しているように思える。


この日経ネット記事からも、“電力システム改革”を巡る夢心地が如実に伝わってくる。記事を抜粋すると、次のようなものだ。

<記事抜粋>
・家庭や商店に誰でも電気を売れるようにし、柔軟な料金を設定できるようにすることが柱。
・経済産業省は小口販売の自由化で約7.5兆円の市場が開かれると試算。
・消費者は電気を買う相手や料金プランを自由に選べるようになる。
・政府は電力小売競争を促すことで、電気料金上昇を抑制する効果を期待する。
・16年以降も政府が電力会社の値上げ幅を審査するいまの料金規制は残す。このため消費者は従来の電力会社と料金体系を変えずに契約し続けることもできる。他の会社に乗り換えて、再び電力会社の契約に戻ることも可能だ。
・Jパワーから電力大手への供給義務を外し、新規参入組にも電気を売りやすくする。Jパワーは東北電力並みの発電力を持っているが、供給が大手向けに偏っているのが自由化の障害とされてきた。
・経産省は来年の通常国会に、18~20年をメドに電力会社の送配電部門を法的分離し、料金規制を撤廃する第3弾の改正案を提出するスケジュールを描く。

順序が相前後するが、スケジュールは下の資料1の通り。今回の法案は“第2弾改正”であるが、最大の焦点は“料金規制の撤廃(経過措置終了)”に違いない。これは、多くの一般家庭など小口電力需要家にとっては大変な影響を及ぼす。しかし現実にはどうなるだろかと予想すると、結果的に料金規制撤廃とはならないと思われる。

電力業界は、料金規制撤廃を取引材料に“送配電部門の法的分離(発送電分離)”を容認したのかもしれないが、それは裏話で終わってしまうだろう。2020年までに、いったいどこのだれがどこに電力会社並みの発電所を建設し、竣工させ、安定的な発電事業体制を整えられるというのか。

仮にあるとすれば、電力会社の発電所の幾分かを新電力に譲渡するか、電力会社の発電電気の相当分を直接小売せずに卸市場に振り向けるか、のいずれかではないだろうか。しかし、それを電力会社が自発的に行うとはとても思えない。

今回の自由化で開放される市場規模7.5兆円というのは、下の資料2で解説されている。これは新たな市場ではない。電力10社の既得権益を新規参入者に振り分けるだけのことだ。わかりやすく言うと、電力会社の営業所の営業部隊が、別の電力会社か電力ブローカーの営業部隊に取って代わる可能性が出てくるという話。マクロの経済効果や雇用効果はゼロである。

電力会社の既得権益を開放すると言うと、歓喜する人が多いのかもしれないが、それによって電力の低廉安定供給の水準が上がることは決して想定されない。経産省が『電気料金は下がる』と決して言わずに、“電気料金上昇を抑制する”と言うのは、まさにそういうことである。

“家庭や商店に誰でも電気を売れるように”なるということにはならない。この書き方は過誤だ。“柔軟な料金を設定できるように”はなるが、それは現行制度でもできるわけで、新しいことではない。まして、“消費者は電気を買う相手や料金プランを自由に選べるようになる”のは不可能だ。マンションで一括受電することで家庭向け電力供給者を変更することは現行制度でも可能だが、この場合、住人である個々の消費者は”電気を買う相手”を自由に選べない。

以上のように、今回の“電力システム改革”というのは、非常に現実離れした制度変更なのであるが、それでも法案はすんなり成立するであろう。来年の今頃には、多くの人が入れ替わっている。世の中の関心が持続されないので、失策の責任の所在もわからないままとなる。毎度同じなのだ。

夢から覚めるは、法案成立後のことになる。その時には、多くの一般家庭の既得権益が剥奪される寸前であることに気付くだろう。

<資料1>

(出所:経済産業省資料)

<資料2>

(出所:経済産業省資料)


編集部より:この記事は石川和男氏のブログ「霞が関政策総研ブログ by 石川和男」2014年5月27日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった石川氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は霞が関政策総研ブログ by 石川和男をご覧ください。