集団的自衛権と歴史批判 習主席の対日批判講話の背景

津上 俊哉
習主席、日本批判を強化 「侵略美化する者認めない」
盧溝橋事件77年、式典出席(朝日新聞7月8日付け)

“中国外務省当局者は「すべて党中央宣伝部が仕切っている」と明かした”

  1937年に盧溝橋事件が起きた7月7日、習近平主席が盧溝橋の抗日戦争紀念館で行われた「抗日戦争77周年」記念式典に出席して講話を行った。○5周年でも○10周年でもない今年、最高指導者が式典に出席したのは異例であり、日本メディアだけでなく、中国メディアも、「安倍政権への批判のトーンをさらに一段上げるもの」と論評している。
  このことについて、思いつくまま、何点かコメントをしたい。


(1)なぜ、いまのタイミングか?

  共産党や中国政府の対日歴史批判は、この1ヶ月ほどボルテージが上がった印象がある。当初は習主席の訪韓を控えて、慰安婦など歴史問題で韓国との提携を図る「外交」作戦かとも感じられたが、それだけではない。
  ネット上でも今月、日中戦争で殺された同胞を悼むために南京大虐殺記念館が開設した「国家公祭網」、旧日本軍の罪業を改めて宣伝するために国家档案局中央档案館が開設した「日本戦犯の中国侵略罪行自供」サイトが相次いで立ち上げられた。
  これらの官製イニシアティブに共通するトーンは、「侵略の歴史否定に対する批判」である。しかし、安倍総理の「歴史修正主義」的傾向がピークに達したのは靖国神社を参拝した昨年末だ。その後も「取り巻き」がごちゃごちゃと物議を醸したが、総理と官邸は年の変わり目を期に、日米同盟強化の方向へハンドルを大きく切った印象だ。
  そういう「バイオリズム」の中にいる日本人としては、ここに来ての「歴史否定批判」盛り上がりに対して、「なぜいま、また?」という唐突感があるが、原因は明らかに、集団的自衛権に関する閣議決定にある。
  日本の集団的自衛権問題を歴史問題と結びつけて批判するのは「黒く描いてやっつける」式ではないかとも感じられるが、筆者には別の感じがある。何だか2005年春に起きた「反日デモ」の記憶が蘇ってくるのだ。

(2)既視感

  2005年の反日デモが大きな盛り上がりを示したきっかけは何だったか、覚えておられるだろうか。それ以前から、毎年靖国参拝を続ける小泉総理(当時)に対する反発はあったが、直接のトリガーを引いたのは「日本の国連常任理事国入り」問題だった。この問題が中国に知られた途端、大手ポータルサイトがこの問題を取り上げて反対する特集ページを陸続と立ち上げたのをよく憶えている。
  国連常任理事国の創始メンバーは蒋介石の中華民国であって、中華人民共和国は1971年にその地位を引き継いだに過ぎない。しかし、中国人にとっては「中国が抗日戦争の苦難の末に勝ち取った、我々の“P5”(Permanent five:五大常任理事国)の椅子」なのだ。「たいへんな犠牲を払って手に入れたその特権的椅子に、日本も座ろうとしている…」中国人はそのことが理屈でなく、心情的に許せない――そんな感じだった。
  純粋な外交の見地からすれば、「結論先に在りき」式ではなく検討に値するテーマである。日本がP6なりP7になったら、どういう行動を取るのか、宗主国米国の制約を脱して「普通の国」になるきっかけになるのか、中国の同意を得るために日本はどんな交換条件を呑めるのか等々。
  そういう冷静な利害の計算をするのが、本来の中国外交であろう。現に、外交部には当初そういう発想もあったと聞く。しかし、戦争の記憶も蘇って、「許せない」という国民の大きな情念がそういう議論を押し流していった。
  今回の「集団的自衛権」問題にも似たところがある。著名コラムニスト、鄧聿文は、7月5日付けWSJ中文版に「日本の集団的自衛権解禁は中国にとって悪いことばかりではないかもしれない」というコラムを寄せた。大意は;

敗戦後米国に戦争放棄を強いられた日本の経緯や昨今の国際環境の劇的な変化に鑑みれば、集団的自衛権を解禁したり、「普通の国になりたい」という日本の欲求には合理的な側面もある。中国は日本に「歴史を正視せよ」と要求することはできるが、「普通の国になってはならない」と要求することはできない。
この解禁により日本が中国に戦争を仕掛けてくるのではないか?というのが中国の懸念だが、いまの日本の民意を観察すれば、その可能性は低い。日本は中国に戦略的に対抗したいだけである。
だとすれば、我々も自分のことをしっかりやれば良い。安倍が軍備を増大し、中国に対する戦略的対抗姿勢を採ることは、中国も強大な軍隊を整備するための何よりの理由になる。その意味で、この決定は中国にとっても悪いことばかりではない。

  こういう方が中国伝統の戦略的考え方だが、大衆はこうした見方はしない。やはり日本の集団的自衛権解禁が「戦争の記憶」を呼び醒ますのだ。7月3日付け解放軍報は「日本の危険な動向を強く警戒する」という社説を載せ、「憲法解釈は内政問題というが、侵略戦争の犯歴のある日本に関していえば、日本の未来の行方、アジアの安保情勢そして戦後国際秩序に影響する重大な事件である。安倍はパンドラの箱を開けた」と主張した。こちらの方が中国大衆の心情にフィットする。
  一定の理解を示す戦略家もいるが、中国大衆にとって、今回の集団的自衛権解禁のニュースは、やはりショッキングで警戒感を呼び醒ます出来事なのだろう。とくに敏感に反応しているのは、「反日教育を受けた」若年層というより、戦争を記憶する老年層だと思う。憶測だが、党や関係機関には、また彼らから大量の手紙や電話が届いているのではないか。

(3)「予防措置」-なぜ習近平は動いたのか

  習近平主席が、ここに来て対日歴史批判のボルテージを上げたのは何故か。もちろん日米同盟強化を図る日本(及び後ろの米国)に対する外交牽制の慮りがあるだろう。韓国との提携も同じ文脈だ。だが、それだけではない。もっと重要な慮りは、国内を見据えた「予防措置」だ。
  党が何もしないでいると、「戦争の記憶」を呼び醒まされた「草の根」世論から「反日」気運が自然発生的に膨れ上がってくる恐れがある。2005年の反日デモのときは、初動が遅かったために、党・政府の側が「受け身」になった憾みがあった。機先を制して、党が「やってます」の状態を作らなければならない。
  放っておけば、草の根運動が「相手構わず」のベタな「反日」になってしまう恐れが強い。中国の伝統戦術は「敵を選り分けて相手の内部離反を誘う、攻撃のビームを絞り込んで打撃力を高める」だ。全面的な両国民の反目を招いては益するところがない。だから「歴史を否定することがいけないのだ」というロジックで、世論を「誘導」する必要がある。
 (そこは徹底していて、先述の解放軍報でさえ、読者に日本民衆と「歴史修正主義者」を選り分けさせるように、「日本の民意の強い反対を押し切って」とか「自衛隊員の家族は、父・夫が海外のどこに駆り出されるのか、安倍の手配を待つ他ない境遇だ」と言っている。(気遣ってくれてありがとう(笑))

(4)「予防措置」-いまは「権力闘争」の真っ最中

  民意の無秩序な膨張を「予防」するのは、その先にもっと重要な「予防対象」があるためだ。反腐敗や諸改革に抵抗する勢力(わけてもその「総帥」的存在である江沢民氏)が、「草の根世論の反日」を「権力闘争」の弾薬にして、習近平主席に反撃するのを予防することである。
  先月末、軍人トップだった徐才厚が腐敗で党籍を剥奪され、軍事法廷行きと決まった。これは驚くべきことである。徐は隠れもない「江沢民の腹心」だったからだ。当初は「石油の大ボス周永康の処分を巡り、習近平と江沢民が対立している」と言われていたが、いまや両者の「全面対決」に発展しつつある。囲碁に喩えれば、どちらかの大石が頓死しかねない形勢である。
  2012年の尖閣「国有化」騒ぎのときは、夏の北戴河を舞台に、対抗勢力が胡錦濤主席を揺さぶろうとした。もちろん秋の党大会人事を巡る「権力闘争」だった。これに対して、胡主席は、躊躇なく自らが対日強硬派になって、人事の主導権を奪われないようにした。
  今回も習近平執行部の動きが鈍ければ、対抗勢力は必ずその「対日弱腰」を攻撃してくる。そこで「後手を引」いたら、「権力闘争」は負け、改革は頓挫し、せっかく「ワントップ」の権力集中を果たしたのも束の間、習近平主席はレームダックに陥る。
  習近平主席が対日批判のボルテージを上げたのは、恐らくそうさせないための「予防措置」の意味合いがある。いま中国は国内がたいへんで、有り体に言えば「日本どころではない」のである。
(平成26年7月9日 記)