少し前の加藤出さんのコラム記事(『週刊ダイヤモンド』2014/9/20号)を読んでいたら、
慶應義塾大学の池尾和人教授が指摘しているように、今の日本の政策は事実上の「ヘリコプターマネー政策」とみなすことができる。
と書いてあった。確かにそうした趣旨のことを発言した覚えはあるのだけれども、ニューケインジアン経済学のテキストブック(Monetary Policy, Inflation and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework, Princeton University Press, 2008)などで有名なガリ(Jordi Gali)の記事を読んでいて、厳密にそう言い切れるかどうかについて反省するところがあったので、記しておきたい。
ガリは、主要な中央銀行によって採用された非伝統的な金融政策の類いは景気回復に失敗したと断言した上で、これまでタブーとして議論されてこなかった「貨幣発行益を財源とした財政刺激策(Money-financed fiscal stimulus)」について真剣に議論してみる意義があるとする。そして、「貨幣発行益を財源とした財政刺激策」は、「国債発行による財政刺激策(Debt-financed fiscal stimulus)」に比べて、古典派的なフレームワークで考えると否定的に評価されることになるが、(物価と賃金に硬直性が見られるとする)新ケインジアン的なフレームワークで考えると、きわめて有効で経済厚生を改善するものである可能性があると主張している。
そこで、アベノミクスにおける第1の矢(大胆な金融緩和)と第2の矢(機動的な財政出動)の組み合わせが、ガリのいうMoney-financed fiscal stimulusに相当すると言えるかどうかを考えてみたのだけれども、言えそうで言えないという結論に至った。なぜならば、下の図から確認できるように、量的・質的金融緩和がはじまって(2013/4)からベースマネーが増えているといっても、増えているのは準備預金であって、日本銀行券の発行残高はほとんど横ばいだからある(この意味で、お金をどんどん刷っているわけではない)。
現金(日銀券)と準備預金を合わせたものをベースマネーと呼んで、従来は両者をとくに区別しなかった。というのは、準備預金はいつでも現金のかたちで引き出せ、逆に現金を準備預金に預けることもでき、両者は完全代替的なものとみなせたからである。しかし、それはゼロ金利制約に陥っていなかった、準備預金に利子が付かない時代の話であり、ゼロ金利制約下で、超過準備には付利されている(金利が付く)現代において、現金(日銀券)と(少なくとも超過)準備預金を同一視して済ませるわけにはいかない。
現在、日本銀行は国債を購入する資金を準備預金の提供で調達しているのであり、民間金融機関は集まった預金の一部を準備預金で運用しているというかたち(預金-[民間銀行]→準備預金-[日本銀行]→国債、という資金の流れ)になっている。ここで、日銀は国債を準備預金に変換して提供するという金融仲介活動を行っているのであり、その実質は民間に提供される政府債務の満期の短縮化である。これをMoney-financeというのは、やはり正しくないと思う。強いていうと、Short-term-debt-financeである。
ヘリコプターマネー政策もどきであるが、いまはまだヘリコプターマネー政策そのものではないと、私自身の見解については訂正しておきたい。
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池尾 和人@kazikeo